今、主要テレビメーカー各社は高精細4Kテレビの開発において高画質化、高音質化に一層力を入れている。長年テレビ開発で培ってきた技術とノウハウを駆使した画作りは開発者のこだわりそのものだ。今年発売された4Kテレビ19年モデルも各社の技術に磨きがかかるが、パナソニックの4K有機EL(エレクトロルミネッセンス)テレビ「4K有機EL VIERA(ビエラ)」の新製品が話題を呼んでいる。フラグシップ機のGZ2000シリーズは徹底的に画質と音質にこだわり、パナソニックの有機EL史上最高画質を実現した。今回、新製品が生まれるまでの開発の裏側とこだわりの技術を追った。
7月19日に発売した4K有機ELビエラGZ2000(65V型、55V型)は有機ELパネルの設計から徹底的に見直したことで、有機ELテレビの特徴でもある滑らかで豊かな階調表現と、忠実な色再現をさらに進化させた。これは長年のテレビ開発で培ってきた技術とノウハウだけでなく、パネルメーカーとの深い協業関係の構築がなければ実現できなかったともいえる。
特にパナソニックは有機ELテレビの開発に関して、他社にはないプラズマテレビの技術ノウハウがある。プラズマと有機ELは自発光パネルを採用しており技術的に共通する部分があるためだ。新製品ではこの強みが最大限出せる環境が整った。
プラズマテレビ時代から開発を手がけ、現在は有機ELテレビの開発を一手に引き受ける同社の有機ELマイスターともいえる開発責任者のアプライアンス社スマートライフネットワーク事業部ビジュアル・サウンドBU技術センター テレビ技術部・岡崎敏裕主幹は「自発光の扱い方とノウハウを持っているため、その技術を有機ELへ載せている」と話す。現存する国内テレビメーカーでは唯一、プラズマテレビの開発と販売をしていた同社にしかできない領域だ。
かつてはパネルデバイス自体の設計開発から生産まで自社で行い、テレビ事業全体を垂直統合で行うことで差別化を図ってきた同社。液晶テレビの時代になりパネルデバイスはパネルメーカーから供給を受け、バックライト構造、パネル駆動や映像処理などを行う独自エンジンなどで高画質化を図ってきた。
15年から欧州で発売を始めた4K有機ELテレビも同様にパネルメーカーから有機ELパネルの供給を受け、映像処理エンジンで差別化してきた。
有機ELに関しては「発売当初からパネルメーカーと密な協業関係を築いてきている」(岡崎主幹)というが、今年は大きな転換点を迎え、有機ELビエラは新たなステップに入った。
ビエラの画作りのポイントはどこにあるのだろうか――。
「リアリティの追求になり、目指すところは臨場感だ」。
岡崎主幹はこう強調する。実際の風景や被写体をいかに正しく再現できるかがビエラの画作りの基本にある。この色再現を高めるための技術が独自の「ヘキサクロマドライブ」だ。プロの映像製作用マスターモニターにも採用されている3次元カラーマネジメント回路を搭載し、明部から暗部まで最適な色再現をできるようにしている。
これが有機ELになると、さらに高度な処理技術が必要になる。岡崎主幹は「有機ELの素性の良さを最大限生かすため、特に黒を起点にして正しい画を出し、忠実な色を再現していくかが大切になる」と続ける。液晶パネルと有機ELパネルは特性が異なるため、有機ELに合わせた色の補正が必要になる。
「とにかく正しい色を出すことが難しい」と岡崎主幹。高輝度表現など、液晶ならではの優位性もあるが、一般的な液晶テレビでは暗い映像と明るい映像とで色にズレが生じる。そのため「特に低輝度の映像で色ズレが起こってしまう」という。
これらの課題を独自の技術でチューニングすることにより、輝度に関係なく正しい色再現をできるようにするのがヘキサクロマドライブだ。さらに有機EL向けに補正する独自技術が「ヘキサクロマドライブ プラス」になる。これにより「色のねじれを抑え、輝度が変わっても色域が一定にでき、正確な色再現ができるようになった」(岡崎主幹)。
この色再現一つとっても細かなチューニングの繰り返しだ。「テレビを見る人はみんなきれいな映像を見たいと思っているが、人によって好みがある。正しい色を再現するだけでなく、それぞれの立場の人に最適なチューニングを行っている」とは岡崎主幹。
ビエラは、デジタルシネマのサポート事業を展開する「パナソニック ハリウッド研究所」とも連携し、ハリウッドの映像製作のプロが認める画作りを進める。同時に一般の人が家庭で視聴した場合に、きれいに感じてもらえるチューニングを施している。
岡崎主幹は「様々な人の声を反映しながら誰もがきれいと思える画質モードを用意しているが、ハリウッドから認められるまでには非常に苦労した」と振り返る。
高画質化への開発はそれだけではない。4Kだけでなくハイビジョン画質であっても4K品質に高精細化する超解像技術をはじめ、忠実なコントラスト表現ができるHDR(ハイダイナミックレンジ)への対応も進めている。通常の映像をHDRのような高コントラスト映像に変換するためにAI(人工知能)なども活用する。
アプライアンス社スマートライフネットワーク事業部ビジュアル・サウンドBU商品企画部日本商品企画課・真田優主務は「多彩な映像フォーマットの出現により、さらに進化を遂げている」と話す。実際に新4K衛星放送やブルーレイの4K規格「ウルトラHDブルーレイ」、インターネット動画などで採用されているHDR規格にも対応しており、細かなソフト制御により映像の最適化を図っている。
こうした努力の積み重ねは、着実に4K有機ELビエラの高画質化を後押しした。その一方で、有機ELならではのコントラストをさらに高めるためには、パネルとパネルを駆動するシステム「T―CON(タイミングコントローラー)」をはじめ、パネルを構成する部材が一体となったモジュールでの供給では限界がきていた。
パネルとモジュールでの調達・開発では、ソフトウエア制御による高画質化はできるもののハード部分に手を加える場合と比べ改善できる幅に限りがあった。自発光のプラズマを開発していた経験から、ハード部分の開発の重要性を痛いほど理解している同社は、15年の有機ELテレビ発売時からパネルメーカーとの連携を密にしてT―CONに独自のアルゴリズムを組み込んできていた。
ただ岡崎主幹は「ソフト制御によりコントラストの改善など高画質化に取り組んできたが、パネルの領域で改善できる部分があるはずだ」と、パネルメーカーとの交渉を続けてきていた。それが今回、長年の密な協業関係に加え粘り強い努力が実を結び、4K有機ELビエラ最高峰モデル「GZ2000」においてT―CONへのアルゴリズムの組み込みだけでなく、独自に設計した構造や素材、パネル駆動を採用することになった。
新製品はパネルとT−CONなど最小限の供給を受け、パネルを構成する部材などは自社で調達。独自に設計した構造を採用しており、組み立ても自社工場で行っている。「独自に積み上げてきたプラズマで培ったハード部分のノウハウを組み込んだ」と岡崎主幹。これにより完成した「ダイナミックハイコントラスト有機ELディスプレイ」は、有機ELパネルが得意としていなかった明るさの表現力を飛躍的に高めた。
4K有機ELビエラの19年モデルは、従来モデルよりパネル制御技術を進化させ、明るい部分でも色再現性を一層高めた。GZ2000においては、より明るいシーンでの高コントラストを実現。岡崎主幹は「ディスプレイ部から設計開発できたことで、課題だった明部のコントラストを一気に高めることができた。黒の表現力だけでなく中間輝度から高輝度の領域での効果が明らかに違う」と顔をほころばせる。
同時にGZ2000では暗部の再現力を高めるために製造ラインで有機ELパネルを1枚1枚測定し、結果に応じたホワイトバランスや階調表現調整も行う。業務用モニターに近い階調表現のための独自の調整工程を追加した。
こうした一つ一つの細かい取り組みが、有機ELパネルの性能を最大限引き出せるようになってきた。細かい制御により色のねじれを抑え、漆黒から忠実に色を発色できるようにしている。
特に滑らかに発光する技術にこだわり、アプライアンス社スマートライフネットワーク事業部ビジュアル・サウンドBU技術センター テレビ技術部電気設計二課・毛利部宏係長は「黒からの立ち上がりや、リニアに発光するための開発にこだわり、様々な映像ソースを見ながら調整をしている」という。地道な開発が忠実な映像表現につながったわけだ。
GZ2000では臨場感の実現を目指し、音作りにもこだわった。岡崎主幹は「臨場感の再現に向け画作りを追求してきたが、画だけでは臨場感は出ない。やはり音は非常に重要だ」と話す。その解決策として今回、テレビ一体型として世界初となるイネーブルドスピーカを搭載した。
このイネーブルドスピーカは、ディスプレイ背面上部に上向きにスピーカを配置することで天井から反射する音を利用し、立体的な音響を実現する仕組みだ。高級オーディオブランド「テクニクス」の技術陣と連携して開発を進めた。
テクニクスが培ってきた音響技術を生かしてチューニングを施し、「映画館の中にいるような立体音響を味わえるようにした」(真田主務)という。
テレビ画面前面下には左右に加え、中央にもミッドレンジスピーカとツイータを設置。背面に力強い低音を再生する大容量スピーカシステムを搭載し、美しい中高音と大迫力の低音を実現した。テクニクスのフルデジタルアンプ「JENO Engine」など高品位なパーツ群を使っている。
立体音響技術「ドルビー・アトモス」に対応しており、アトモスに対応したコンテンツだけでなく、地上デジタル放送などの放送も臨場感ある立体音響が楽しめるという。「壁掛け設置もでき、設置環境や視聴ポジションに合わせて最適な音響をチューニングできる」(真田主務)。GZ2000は画質と音質の両面で大幅な進化を遂げた。
有機ELテレビの開発陣は日々高画質化に向けた惜しみない努力を続けている。実際、高画質化に向けた開発にゴールはない。岡崎主幹は「いかに不得意な部分をなくしていくかを探求している」と話す。
15年の有機ELテレビ発売から4年。技術は日々進歩している。有機ELパネルのダイナミックレンジは2倍以上になった。発売当時に手探りだったパネルの特性なども理解が深まりつつある。
GZ2000ではパネルの設計開発の領域にも手を入れた。それでも上を見ればきりがない。より安定したパネル駆動を実現するためのチューニングなど、やりたいことは山ほどある。「お客さまはどのような画を求めているか――。我々だけの思いではダメ。品質や映像の正確さだけでなく、お客さまの要望に応えていくために手探りだが取り組んでいきたい」(岡崎主幹)。
最後に岡崎主幹にGZ2000の出来栄えを聞いた。「今考えられる技術では最高のものができたと思っている」。
GZ2000は画質と音質に徹底的にこだわった思いが伝わり、発売後の販売が好調で品薄になるほどだという。
パナソニックのテレビ高画質化への戦いは続く。