東北大学金属材料研究所と東京工業大学

一価イオンとの相互作用で多価イオン拡散の促進現象を発見

概要

 東北大学金属材料研究所(金研)は、東京工業大学と共同で、一価イオンのLiプラスと多価イオンであるMg2プラスの相互作用により、通常は遅い正極中での多価イオン拡散(移動)が顕著に促進される現象を初めて発見した。これにより、多価イオンを用いる次世代蓄電池系の開発促進が期待される。

 蓄電池におけるイオン伝導のしくみを解明することは、新たなエネルギー材料の開発に不可欠。Mg2プラス、Zn2プラス、Al3プラスなどの多価イオンを電荷担体(キャリア)とする蓄電池系は、今日広く使われているリチウムイオン電池の性能を凌ぐ可能性のある次世代蓄電池として注目されている。しかし上述のように、これらの多価イオンは、正極物質中を移動する速度が遅く、電極反応が進みにくいため、現状では適切な電極材料の開発が遅れている。

 本研究では、実験と理論計算の手法を併用し、Li−Mgデュアルイオン電池系におけるLiプラスとMg2プラスの拡散挙動を調査した。すると、Mg2プラスの拡散がLiプラスとの協奏的相互作用で顕著に促進されることを発見した。

詳細な説明

○研究背景

 高性能な蓄電池は、スマートフォンや電気自動車など我々に身近なデバイスの性能向上に欠かせない。そして次世代の電力網であるスマートグリッドシステムの構築においても必要不可欠である。現在、蓄電池の主役を担うリチウムイオン電池は、1990年代に発売されて以降、改良が重ねられているものの、その性能は理論的な限界まで近づきつつあり、これ以上大きな性能の向上は見込めない。そのため、リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の実現には、新たな基礎学理のもと、今までにない蓄電池の設計指針を確立していく必要がある。

 リチウムイオン電池のように、インターカレーション反応を利用する蓄電池は、電荷を運ぶキャリア(イオンなど)が充放電によって正極・負極間を行き来することで繰り返し使用できる電池。充電時には、正極に格納されたキャリアが放出され、負極内部に挿入され、放電時には、負極に挿入されたキャリア金属が再びイオン化して電子を放出し、電解液を通じてキャリアとして正極へと流れ、そこで電子を受け取ることで電流が外部回路に発生する。

 Liプラスをキャリアとするリチウムイオン蓄電池系は、充電時に起こるLi金属のデンドライト成長が発火事故の原因にもなり大きな問題となっている。

 一方、一価のLiプラスと異なり、Mg2プラス、Zn2プラス、Al3プラスなどの多価イオンはデンドライト成長しにくい傾向があり、安全に金属負極を使用できるため、Mg蓄電池をはじめとする多価イオン蓄電池の研究が近年注目されている。しかし、多価イオンは、一価イオンと比べると正極フレームの中を移動するのに非常に大きなエネルギーのバリアを乗り越える必要があり、拡散が困難。このように、一価イオンとは全く異なる性質を持つ多価イオンを蓄電池に用いるには、従来とは全く異なるアプローチで研究に挑む必要がある。

 そこで研究グループは、それぞれ性質が異なる一価イオンと二価イオンを同時に利用するデュアルイオンをキャリアとする蓄電池の概念を世界に先駆けて提案し、新たな潮流を作ってきた。LiプラスとMg2プラスを用いたLi−Mgデュアルイオン電池(図1)は高エネルギー密度蓄電池に適した構造を有し、充放電過程において、LiプラスとMg2プラスの両方を正極および負極で電気化学反応させる。

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図 1 Li-Mg デュアルイオン電池の模式図
(充電:Li+と Mg2+が正極から放出され、負極に析出する。
放電:Li+と Mg2+が負極から溶解し、正極に収容される。)

 これまでの研究では、LiプラスとMg2プラスを同時に電極へ析出させること(電析)によって、Liの危険なデンドライト成長が抑制され、平滑な電析形態が得られることを明らかにした。これによって、炭素などの負極材料を利用せず、高容量の金属負極を使用できる可能性を示してきた。さらに、Mo6S8やMgCo2O4などの正極材料を用いて、インターカレーション反応におけるLiプラスとMg2プラスの挿入・脱離挙動を調査した結果、多価イオンであるMg2プラスが予想以上に速く移動することを実験的に見出した。これが本研究を始めた動機である。

○成果の内容

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図 2 Mo6S8の定電流放電曲線

 本研究では、正極でのLiプラスとMg2プラスの拡散挙動の調査において、正極材料の一つの例として硫化物であるシェブレル化合物Mo6S8を用いた。電位走査、定電流充放電実験や組成分析の結果(図2)から、放電の初期において、Liプラスが優先に挿入され、拡散の遅いMg2プラスはほとんど挿入されないが、Mo6S8中に挿入されたLiプラスが一定量に達すると、Mg2プラスの挿入が促進され始め、理論容量まで放電したMo6S8電極にはほぼ同じ割合のLi8とMg2プラスが正極に挿入されることがわかった。

 LiプラスとMg2プラスの拡散挙動と活性化エネルギーを調査するため、実験から得られた知見に基づき、第一原理計算を用いて、Mo6S8中の拡散過程を解析した(図3)。その結果、後に続いて挿入されるMg2プラスは、先に挿入されたLiプラスと一定の距離(〜4A)を保ちながら、ペアで拡散経路を移動することによって、Mg2プラス単体で拡散する場合と比べ、拡散バリアが大幅に低減されることが明らかになった。さらなる調査の結果、このような協奏的な動き≠ノよる拡散の促進はデュアルイオンの場合だけでなく、一種類のキャリアイオンの場合でも起こりうる現象であることがわかった。

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図 3 インターカレーション反応における固体内拡散過程

○意義・課題・展望

 正極などの固体中のイオン伝導はエネルギー材料分野において極めて重要なテーマであり、蓄電池をはじめとする様々なエネルギー貯蔵デバイスの基礎となっている。リチウムイオン電池などの一価イオンを使う蓄電池の物理化学機構は比較的よく知られているが、多価イオンを使う蓄電池の基礎科学は緒に就いたばかりである。本研究で明らかにした、一価イオン(Liプラス)と多価イオン(Mg2プラス)の協奏的動きによる拡散の促進現象は、固体中のイオン伝導機構の基礎的理解を深めたことに加え、正極材料の開発に新たな指針を与え、多価イオンをキャリアに用いる蓄電池系の実用化に大きくアプローチできる大変意義のある成果である。

 <資料提供:東北大学金属材料研究所>