信州大学

生体安全性高い水溶液からシルクナノファイバを作る

 生体親和性が良いシルク(絹)タンパク質は生体への安全性が高い。その水溶液のみを紡糸液として、高電圧を印加するエレクトロスピニング法により、毛髪の200分の1という細さのナノファイバ不織布を作成。再生医療用組織再生足場素材、創傷被覆材など医療用部材から香粧・エステ用素材まで、応用範囲の広い技術が開発された。

 信州大学繊維学部応用生物科学科の玉田靖教授が9日、東京都内で開催されたバイオ新技術説明会(主催=科学技術振興機構)で、「生体安定性の高い水溶液から作るシルクナノファイバー」と題した講演で紹介した。

 従来、シルクナノファイバ不織布の製造には、ギ酸やフッ素系溶媒に溶解した紡糸液を用いる必要があったため、製造プロセスにおける環境安全性や得られた不織布の生体への有害性が課題だった。安全性の高い紡糸液として水溶液を用い、高濃度溶液やPEG(ポリエチレングリコール)を助剤として使用する方法が提案されたが、調整に手間がかかり、水溶液が不安定であり、得られた不織布中にPEGが残るなどの問題があった。

 今回開発された技術では、紡糸液のpH(ペーハー)と分子量の制御を行うことで、安全で低濃度のシルク水溶液からナノファイバ不織布が作成できる技術を確立した(特願2016−173094出願)。水溶液濃度によってナノファイバの繊維径もコントロールすることができた。エレクトロスピニング法は生産性が高く、安全な製造プロセスで、生体安全性の高いナノファイバ不織布の作製が可能となった。

 同技術によるナノファイバ不織布の用途として、再生医療分野における細胞・組織再生足場素材、創傷被覆材などの医療素材および化粧品などの香粧・エステ素材が想定されている。

 実用化に向けた課題として、玉田教授は「現在、シングルノズルによるエレクトロスピニングでの紡糸に、実験室レベルでの不織布製造では成功しているが、今後量産化のための装置の設定や紡糸条件などの技術開発が必要となる。さらに、原料であるシルク水溶液調整から紡糸製造、製品化までのネットワーク構築も必要だ」と語った。

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エレクトロスピニング法の概念図

【エレクトロスピニング法】

 2000年頃から研究が開始された技術で、原理的には古い技術である。繊維および不織布の持つ特徴を実現できることと、設備の入手が容易であることから盛んに研究開発が行われ、量産に使用されている。

 装置構成は、紡糸水溶液を貯蔵および押し出すためのシリンジをセットした押し出し機、通常の注射針でも代用できる紡糸口金(ノズル)、溶液に高電圧を印加できる高電圧電源、繊維を集積するための対向電極などで構成される(図参照)。

【シルクと再生医療材料】

 シルクは、人類の文明と長く、深く関わりがある。そのシルクを玉田教授は再生医療材料に応用する研究開発に取り組んでいる。外科手術の縫合糸として、絹糸は長く使われてきた。縫合糸には、化学繊維やステンレスワイヤなどもあるが、シルク縫合糸は人の体に使用しても安全で、しかも強度があるため、天然繊維の代表として用いられている。

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ナノファイバ不織布のSEM

 医療用バイオ素材に必要な条件として、どのような機能や強度が必要か、生体適合性はどうか、製品の品質管理が容易か、殺菌消毒などができるか、製造コストは低いか、などが細かく検討される。シルクは、これら条件の多くを満たしている。特に、生体適合性に優れており、材料の側から生体への影響、生体側から材料への影響は、共に少ないのが特徴といわれている。

 複数本をより合わせた糸、平面状に薄くのばしたフィルムだけではなく、エレクトロスピニング法を使うと、ナノファイバの不織布ができる。また、凍結乾燥するとスポンジ状の塊を、組みひもを編むような器械を使えば、チューブ状(管状)の構造を作ることも可能だ。フィルム状のシルクの応用として、角膜移植の代替もできる。

 再生足場素材が実現すれば、そこに患者自身の内皮細胞を培養再生し、それらを移植する治療法(培養細胞シート移植)にも可能性がある。