海外企業のM&A成功に向けて必要なことは何か

 海外企業のM&Aに取り組む多くの企業が最初に悩むのは、ガバナンスである。買収先に対する出資比率や、日本側から送り込む取締役の数、権限規程などが検討の俎上(そじょう)に挙がる。

 こうした点が重要であることについては論をまたないが、ガバナンスは本来、多面的であるはずだ。

 前述の契約や規則によるコントロールのみならず、買収先の経営幹部や従業員といった複数の階層との信頼関係に加え、その顧客や取引先、地元の業界団体・政府機関などとも良好な関係を築くこと、これが広い意味でガバナンスに大きく貢献する。  健全な関係がなければ、どんな規則も空文化し、買収先に関する正確な情報が親会社に届かないことは自明であろう。

 しかし残念なことに、このようなガバナンスを構築するために多くの経営資源を投じている日本企業はまだ少ない。

ビジネスで構築

 一方で、単なる「交流の促進」に時間と労力を費やしたとしても信頼関係が培われないことは、経験者にはよく知られている。ビジネス上の信頼関係は、実際のビジネスや業務を通じて築くのが基本である。

 そのためには、親会社である日本企業の成長戦略や買収動機が、海外でも通用する説得力を有するものであることはもちろん、買収後に協同して取り組むビジネスや業務のアプローチが、合理的かつ効率的でなければならない。

 要はビジネスパートナーとしてふさしい相手と見なされなければ、信頼は得られないのである。阿吽(あうん)の呼吸といわれる日本人にしか分からない不透明な意思決定プロセスや、担当者が変わればやり方が変わる標準化されていない業務手続き、目的が不明確なまま踏襲されている慣習などは、たとえ国内子会社の管理に支障はなくとも海外企業のガバナンス手法としては難がある。

 阿吽の呼吸が通じる企業は海外には存在しない。しかし今後、海外市場で成長するために彼らの力が必要なのであれば、M&Aを契機として検討すべきは「国内仕様」なっている日本企業の既存の経営やガバナンスの在り方ではないだろうか。

柔軟な発想もつ

 場合によっては、買収先の仕組みの方が海外市場の攻略には合理的かもしれない。経済合理性を追求し自らの変革もいとわない、グローバル企業としての柔軟な発想を持つことが海外企業のM&Aを成功に導く出発点となる。

〈筆者=KPMG FAS ディールアドバイザリー 執行役員 パートナー 中尾哲也〉