理研/JST/東大
ウォッシャブル超薄型有機太陽電池の開発に成功
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チームの福田憲二郎研究員(染谷薄膜素子研究室研究員、科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、染谷 隆夫チームリーダー(染谷薄膜素子研究室主任研究員、東京大学 大学院工学系研究科教授)らの共同研究グループは、洗濯も可能な伸縮性と耐水性を持つ、超薄型有機太陽電池の開発に成功した。
衣服に貼り付けることができる太陽電池は、生体継続モニタリングに向けたウエアラブルセンサーなどを駆動する電源として重要な役割を果たす。このような太陽電池の実現には(1)高い環境安定性、(2)高いエネルギー変換効率(3)機械的柔軟性、の三つの要素を同時に満たす必要がある。しかし、従来の有機太陽電池ではこれらを同時に満たすことは困難だった。
今回、共同研究チームは、超柔軟で極薄の有機太陽電池を作製し、大気中・水中の保管でも劣化なく動作させることに成功した。この超柔軟な有機太陽電池は、厚さわずか1μmの基板フィルムと封止膜を利用しており、曲げたり、つぶしたりしても動作する。このように超薄型でありながら、高いエネルギー変換効率と同時に高い耐水性を両立させることに成功した。
開発の決め手となったのは、高い環境安定性と高いエネルギー変換効率を両立した有機半導体ポリマーを極薄の高分子基板上に形成する技術。さらに、超薄型有機太陽電池をあらかじめ引張させたゴムによって双方向から挟むことで、伸縮性を保持しながら耐水性が劇的に向上する封止を実現した。120分間の水中浸漬でもエネルギー変換効率の低下は5%程度であり、また水滴をデバイス上へ滴下・一定時間保持しつつ約50%の伸縮を繰り返し行った際にも、エネルギー変換効率は初期の80%を保った。
今回の成果は、ウエアラブルデバイスやe−テキスタイル 注1)に向けた長期安定電源応用の未来に大きく貢献すると期待できる。
<研究の背景>
近年、環境からエネルギーを取得するエナジーハーベスト技術とセンサーを組み合わせることで、センサーをスマート化する開発が盛んに行われている。特にウエアラブルなセンサーはスマート化することで、生体情報の継続的なモニタリングが可能となる。
このような生体継続モニタリングに向けたウエアラブルセンサーの開発では、環境エネルギー電源として衣服に貼り付け可能な電源が重要となる。これは、衣服上へ電源を貼り付けることで十分な面積を確保でき、大きな電力を環境から取り出すことができるためである。このようなエナジーハーベスト技術の中でも、ミリワット(mW)オーダーの高い電力を供給でき、かつ柔軟性にも優れた性能を持つ有機太陽電池は、ウエアラブルセンサー用電源の有力な候補として注目を集めている。
しかし、十分なエネルギー変換効率、伸縮性に加え耐水性という三つの重要な要素の同時達成は難しいため、これまで衣服貼り付け可能かつ洗濯可能な有機太陽電池は実現していなかった。特に、非常に薄いフィルムを利用した場合には、フィルム表面の平坦性の確保が難しいことや、ガスバリア性が著しく低下することから、高い性能や長期間の安定動作を実現させることが難しく、ウエアラブルセンサー用電源を実現する際の制約となっていた。
<研究手法と成果>
共同研究チームは、12年に理研創発分子機能研究グループが開発した新しい半導体ポリマーである「PNTz4T注2)」を用い、逆型構造注3)の有機太陽電池を厚さ約 μmの高分子材料であるパリレン注4)基板上へ作製することで、超薄型有機太陽電池を作製した。この有機太陽電池は、高いエネルギー変換効率・伸縮性・耐水性を同時に実現し、衣服貼り付け可能かつ洗濯可能な環境エネルギー電源である(写真)。
衣服上に貼り付けた超薄型有機太陽電池の洗濯写真
(厚さ3μmの超薄型有機太陽電池素子を貼り付けた
白いワイシャツ<綿100%>を洗剤水に漬けて洗っている様子)
[引用元: 理化学研究所]
作製した超薄型有機太陽電池は、ガラス支持基板から剥離した状態で高いエネルギー変換効率を示した(図1)。具体的には、擬似太陽光(出力100mW/cm2)照射時の短絡電流密度(JSC)が16.2mA/cm2、解放電圧(VOC)0.71V、フィルファクター注5)69%で、エネルギー変換効率7.9%を達成した。これまでに報告された柔軟性の高い有機太陽電池の効率の4.2%と比較すると2倍近い効率の改善となる。
(図1)超薄型有機太陽電池の電流・電圧特性
支持ガラスから剥離前(青)と剥離後(赤)の比較。剥離前後で電流・電圧特性の低下はなく、
超薄型自立膜の状態で7.9%という高いエネルギー変換効率を達成した。
[引用元: 理化学研究所]
また、作製した超薄型有機太陽電池は非常に高い耐水性を持つことが分かった。5分間水中に浸した後であっても、ほとんどエネルギー変換効率の低下はみられなかった。さらに、黒水性ペンでデバイス表面に染みを付けた際にも、デバイスを洗剤液中で浸漬・撹拌することによってデバイス表面の汚れを取り除き、素子性能の低下を引き起こすことなくエネルギー変換効率を初期値に戻すことができた(図2)。
(図2)超薄型有機太陽電池の洗濯試験
a) 10%の中性洗剤を入れた水の中に、超薄型有機太陽電池を入れて5分間攪拌した。
b) 黒水性ペンで超薄型有機太陽電池表面に染みを付けると、電流が大きく減少した(黒から青)。
しかし、aの方法により洗濯することで、素子性能を全く低下させることなく、染みをつける前の状態まで回復させることができた(赤)。
[引用元: 理化学研究所]
さらに、あらかじめ引張させた2枚のゴムによって、厚さ3μmの超薄型有機太陽電池を双方向から挟むことで、伸縮性を保ちつつ、耐水性を劇的に向上する封止を実現した(図3)。ゴム封止がないデバイスでは、120分間の水中浸漬によりエネルギー変換効率が初期値から20%程度低下したのに対し、ゴム封止を行ったサンドイッチ構造のデバイスでは5%の低下に抑えることができた(図4)。
(図3)ゴムサンドイッチ構造による高い耐水性を持つ伸縮性有機太陽電池
総膜厚3μmの超薄型有機太陽電池フィルムをあらかじめ引張させた2枚のゴムでサンドイッチすることにより、伸縮性と驚異的な耐水性を両立した有機太陽電池が実現した。
[引用元: 理化学研究所]
(図4)水中への浸漬時間によるエネルギー変換効率の変化
総膜厚3μmの自立膜の状態(黒線)では、120分間の水中浸漬で初期のエネルギー変換効率と比較して20%程度低下した。一方で、ゴムサンドイッチ構造を用いると、
120分間の水中浸漬をした後でも5%の低下に抑えられた。
[引用元: 理化学研究所]
<用語解説>
注1)e−テキスタイル:センサーやマイクロチップなど、電子機器を衣料や布地(テキスタイル)に埋め込み、情報収集や遠隔管理など、一般の繊維素材では得られない新しい機能を備えたテキスタイル素材のこと。
注2)PNTz4T:理研の研究チームが12年に開発した半導体ポリマーの名称。PNTz4Tを塗布して作製した有機薄膜太陽電池の光交換効率は10%程度と、有機薄膜太陽電池としては世界最高レベルである。
注3)逆型構造:通常の有機太陽電池は透明導電極、正孔輸送層、有機半導体による光電変換層、電子輸送層、裏面電極という構造をとるのに対し、逆型構造では正孔輸送層と電子輸送層の配置が逆である。通常の構造では、裏面電極としてアルミニウムやカルシウムなどの腐食性・反応性の高い材料を使う必要があるのに対し、逆型構造では裏面電極に非腐食性金属である銀や金を使用できるため、対環境安定性に優れた素子構造である。
注4)パリレン:高分子材料の一種。化学気層堆積法によって良質の均一薄膜が形成できる。生体適合性に優れているため、さまざまな生体・医療用途に応用されている。
注5)フィルファクター:太陽電池素子の最適動作点での出力(最大出力)を、開放電圧と短絡電流の積で割った値のこと。曲線因子とも呼ぶ。一般的にフィルファクターが高い(100%に近い)素子のほうがよい性能であると考えられる。太陽電池内部の直列・並列接続の抵抗値やダイオード損失の影響を受けて、フィルファクターの値は小さくなっていく。
<資料提供:科学技術振興機構>