産業技術総合研究所(産総研)製造技術研究部門(市川直樹研究部門長)センシング材料研究グループ・上原雅人主任研究員らは、村田製作所と共同で、低コストで成膜温度の低いRFスパッタ法を用いた、単結晶と同等の圧電性能を示す窒化ガリウム(GaN)薄膜を作製できる方法を見いだした。さらに、スカンジウム(Sc)添加で圧電性能が飛躍的に向上することを実証し、GaNとしては現在、世界最高性能の圧電薄膜を開発した。
GaNはLEDやパワーエレクトロニクスへの利用で知られているが、窒化アルミニウム(AlN)と同様に機械的特性に優れた圧電体でもあり、通信用高周波フィルタや、センサー、エナジーハーベスタなどへの利用も期待されている。様々な応用が期待される一方で、GaNはAlNに比べて圧電薄膜の作製が難しく、RFスパッタ法では圧電体として利用できる十分に良質な配向薄膜を作製できなかった。今回、ハフニウム(Hf)またはモリブデン(Mo)の金属配向層の上にGaNの結晶を成長させることで、良質なGaN配向薄膜を作製できた(図1)。この薄膜は単結晶並みの圧電定数d 33(約3.5pC/N)を示した。さらに、Scを添加するとd33が約4倍の14.5pC/Nまで増加した。今回の成果により、GaNの圧電体としての応用が広がるだけではなく、GaN薄膜の製造技術への波及効果も期待できる。
圧電体は振動などの機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する材料である。特に、AlNやGaNなどの窒化物の圧電体は、酸化物に比べて機械的性質に優れ、センサー感度やエネルギー変換効率が高いため、通信用高周波フィルタや、センサー、エナジーハーベスタとして期待されている。
AlNは、既にスマホ用のBAW型高周波フィルタとして利用されており、次世代機器での利用(市場規模約800億円以上)も期待されている。一方で、GaN圧電デバイスの作製はAlNに比べて難しいため、圧電体としてのGaNの研究開発はほとんど進んでいない。
GaNは、電波の送受信・信号処理を担う電子機器である高周波デバイスとしての利用も期待されている。スマホだけでなく、自動車間通信や車載レーダーの信号処理による自動運転システムなど、今後の通信社会の拡大には不可欠であり、高出力、低損失で作動するGaN系の高電子移動度トランジスタへの期待は大きい。その電子密度は圧電性により制御されているので、GaNの圧電性に関する研究開発は重要である。さらに、GaNで高性能な圧電素子やトランジスタが開発されれば、高周波フィルタや増幅器などを一体化させた次世代の高周波集積回路の開発にもつながる。
産総研は、次世代通信用高周波フィルタや過酷環境下でも利用できるセンサーへの利用を目指して、高い圧電性を示すAlN圧電薄膜の開発に取り組んできた。今回、村田製作所と共同で、これまでほとんど進んでいないGaN圧電体の開発研究に取り組んだ。
圧電体としてのGaN研究開発の問題点は作製方法にある。GaN圧電デバイスは、MOCVD法で作製されている。この方法は良質なGaN単結晶を作製できるが、製造コストがかかる。また、一般的に700℃以上の高い加熱が必要であり、高温加熱によって圧電デバイスに不可欠な電極に用いる金属は、不純物としてGaNを汚染してしまう。そのため、金属電極はGaN成膜後に複雑な工程で作製しなければならない。GaN圧電デバイスの低温かつ低コストな作製技術が開発できれば、圧電体としてのGaNの研究開発が加速され、AlNと同じような圧電体としての応用が可能となる。
開発した技術では、GaNと結晶学的に相性のよいハフニウム(Hf)やモリブデン(Mo)の配向層を、あらかじめシリコン基板上に成長させて、その上に、比較的低温で成膜できるRFスパッタ法でGaNの配向薄膜を成長させる。X線ロッキングカーブ法で配向薄膜の結晶学的な品質を評価した結果を図2に示す。ロッキングカーブの半値幅(矢印)が小さい方が配向薄膜の品質が良いことを示すが、シリコン基板上に直接成長させた薄膜より、HfやMoの配向層上に成長させた薄膜の方が配向性が良いことが分かった。このGaN配向薄膜の圧電定数d 33は、MOCVD法などで作製された単結晶GaNの発表されている値と同等であり(表1、約3.5 pC/N)、良質な薄膜を作製できたことがわかる。今回開発した技術では、MOCVD法に比べて低い温度でGaN薄膜を作製できるため、コスト削減のほか、これまでGaN成膜後の複雑な工程が必要だった金属電極の作製も容易になる。
今回開発した方法により、GaN圧電薄膜へ異種元素を添加できるようになったので、高価なレアアースであるScに替わる安価な元素の探索と、さらに圧電性能を向上させるための構造制御技術の開発を行う。
<資料提供:産業技術総合研究所>