パワーエレクトロニクスによる電力制御は、パワーデバイスによる低抵抗・高速スイッチング技術によって成り立っており、パワーデバイスの性能が電力制御の性能を左右すると言っても過言ではない。そんな中、より一層の性能向上に向け、シリコン(Si)よりもバンドギャップが大きいワイドバンドギャップパワー半導体デバイスに大きな期待が寄せられている。
ワイドバンドギャップ半導体にはいくつかの種類があるが、パワーデバイス向けの材料として注目されているのは、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)などがある。これらの材料を適用することで、ユニポーラ動作でも高耐圧特性を示しつつオン動作時の導通抵抗が低減でき、かつスイッチング損失の低減も可能となる。
SiC−MOSFETは、高耐圧素子においても低オン抵抗でしかもスイッチング速度が速くできるということが大きな特徴となる。しかし、SiC特有の素子作成プロセスによりMOS界面移動度の向上ならびにゲート電極周りの長期信頼性の確保が困難であるという課題があった。最近になり、ゲート酸化プロセス技術や表面荒れ低減技術の進歩によりこの長期信頼性は大幅に向上し、その結果SiC−MOSFETも自動車車載市場に展開されるようになった。たとえば、16年3月に本田技研工業が発表した新型燃料電池車(FCV)(図3参照)はSiC−MOSFETモジュールを搭載し(2)、またトヨタ自動車は20年にSiCパワーデバイスを適用したPCUを搭載した新型ハイブリッドカーの実用化を発表している(3)。
SiC−MOSFETの車載用途への最大のアピールポイントは前述のようにPCUの小型化の実現であり、そのため今後はより一層の低損失化を目指すため、プレーナーゲート構造からより微細なセル構造を実現できるトレンチゲート構造へ移行していくと考えられる。
また最近では、前記トレンチMOSFETにSBDを内蔵し1チップ化した新構造MOSFETも発表された(図5参照)(5) 。この新型素子は内蔵SBDをインバータ回路内のフリーホイーリングダイオードとして活用することで、逆回復損失の低減ならびにダイオードVf劣化防止による信頼性の向上、さらにはインバータ回路内の半導体素子数の低減によるコストダウンを目指したものである。このように、より低損失で高信頼性特性実現を目指したSiCトレンチMOSFETの開発は今後一層盛んになると思われ、次世代自動車だけでなく新幹線をはじめとした新型高速鉄道用途(図6参照)(6) へもその応用範囲は広がっていくと思われる。
1) 山本真義、「SiC/GaNを中心とした自動車用パワーエレクトロニクスの最新技術動向」 エレクトロニクス実装学会 パワーエレクトロニクス研究会 公開研究会 2017年3月21日
2) 本田技研工業社株式会社ホームページ
3) トヨタ自動車株式会社ホームページ
4) T.Kojima et al, “Self−Aligned Formation of the Trench Bottom Shielding region in 4H−SiC UMOSFETs”, Extended Abstracts of the 2015 International Conference on Solid State Devices and Materials, 2015, pp.948−949 (2015).
5) Y.Kobayashi et al, “Evaluation of Schottky Barrier Height on 4H−SiC m−face {1−100} for SBD−Wall integrated Trench MOSFET (Switch−MOS)” ,Extended Abstracts of the 2016 International Conference on Solid State Devices and Materials, 2016, pp.569−570 (2016).
6)東海旅客鉄道株式会社ホームページ
<岩室憲幸:筑波大学 数理物質系 物理工学域 教授>