光学式脈波センサーとは、半導体技術の一つである光センシング技術を用いて脈波の計測を行うものである。この光センシング技術は、光源であるLEDを生体に向けて照射し、受光部となるフォトダイオード(以下フォトDi)またはフォトトランジスタを用いて、生体内を透過または反射した光を計測するものである。動脈血中には吸光特性を持つヘモグロビンが存在するため、時系列に光量をセンシングすることでヘモグロビン量の変化、すなわち脈波の信号を取得できる。
近年、市販されている光学式脈波センサーを搭載したスマートバンドやスマートウォッチでは、皮膚への装着性や負荷を考慮し、緑色の光を使った反射型光センサーを選定しているものが主流となっている。緑色光は生体への透過深度が小さいため血液以外の組織の影響を受けにくく、また、ヘモグロビンの吸光係数が大きいことから脈動成分の大きい脈波信号が測定できる。
本稿では、ウエアラブル機器向けに最適なロームの光学式脈波センサー「BH1790GLC」を紹介する。
<低消費電力>
ウエアラブル機器は、身体に装着するためセット自体のサイズや重量に制限がありバッテリ容量を大きくすることが難しい。よって、低消費電力で動作させることが重要となる。図1に脈波センサーの消費電流内訳を示す。従来技術の脈波センサーでは、LED駆動部、アナログフロントエンド(以下AFE)部、共に消費電流が大きい。BH1790GLCではLED駆動部の電流を削減するためLED輝度が低くても脈波信号を取得できるように受光部を高感度化し、さらにAFE部を効率的に1チップに集積することで消費電流を削減している。
ここでは、受光部の高感度化について具体的な手法を紹介する。従来技術では、トランスインピーダンスアンプ回路(以下TIA回路)を用いてフォトDiで発生した電流を電圧に変換していた。TIA回路は、アンプと抵抗を使い、フォトDiで発生した電流を電圧に変換する回路である。ただし、フォトDiに光が当たった時に発生する電流は非常に小さく、感度を上げるには抵抗値を大きくする必要があるため、アンプのノイズや抵抗の熱雑音が問題となっていた。
BH1790GLCでは、電荷積分型アンプを採用し高感度化を実現している(図2)。電荷積分型アンプは、一定期間フォトDiの電流をコンデンサに充電することで電流を電圧に変換する方式であり、充電期間中のノイズが平滑化されるためノイズを小さくできる。これにより、低ノイズに光を検出でき、受光部の感度をあげることが可能である。受光部を高感度化すると小さい受光素子でも光を十分に検出できるためフォトDiとAFE部を1チップで構成することが容易になる。かつ低い輝度でも脈波測定できるためLED駆動部の消費電流を削減できる。BH1790GLCでは、電荷積分型アンプを採用することで、従来技術に比べ85%消費電流を削減している。
<赤外線除去特性>
ウエアラブル機器は、屋外でも使用されることから人体を透過しやすい赤外線などの外乱光ノイズを除去する光センサーが求められる。一般的に使用されるSi基板を使ったフォトDiは赤外線波長(850nm)付近に感度をもっているため、外乱光の影響を受けやすい。
これに対し、BH1790GLCでは緑波長の帯域である530nm付近がピークになるフォトDiを搭載している。このDiは、Si表面からpn接合部までの距離が浅いほど感度のピークが短波長側にシフトする性質を利用し、Si表面の浅い部分に形成したフォトDiを使うことで実現している。
さらに、BH1790GLCでは、カラーレジストと多層膜フィルタの2つの光学フィルタをSi基板上に形成し赤色光、赤外線成分を除去している。カラーレジスト光学フィルタは赤色光、多層膜光学フィルタは赤外光を除去する特性を持っており、緑色波長帯域の光のみを通す受光部を実現している(図3)。
実際に、BH1790GLCと一般的なフォトDiを使って脈波信号を測定した結果を図4に示す。外乱光ノイズが発生している環境下で脈波信号を測定した場合、一般的なフォトDiでは脈波信号に外乱光成分が重複してしまいノイズが大きくなるのに対し、BH1790GLCは外乱光の影響が非常に小さく、安定して脈波が取得できている。これにより太陽光が降りそそぐビーチや公園などの屋外でも高品質な脈波信号が取得でき、ウエアラブル機器に最適な脈波センサーとなっている。
今回、BH1790GLCを使って脈拍数を計測するバンド型脈拍計を作製した。脈拍センサー部は、脈波センサー(ローム社BH1790GLC)、LED(ローム社 SMLE13EC8T)、加速度センサー(Kionix社 KX−022)、マイコン(ラピスセミコンダクタ社 ML630Q791)で構成(図5)。外部との通信は別基板に実装したBluetooth LEモジュール(ラピスセミコンダクタ社 MK71050−03)で行っている。
作製した脈拍計を使って測定した脈波信号を図6に示す。
図6の結果からわかるように、毛細血管の密度の違いから、測定部位によって脈波信号レベルが大きく異なることがわかる。指先や耳たぶでは比較的大きな脈波信号が取得できるが、スマートバンドなどを装着する手首では脈波信号が小さくなる傾向にある。また、手首は日常生活でもよく動かす部位であることから体動ノイズの影響が大きい。このため、手首の脈波信号から定常的に脈拍数を算出することは困難であった。
この課題に対し、ロームでは加速度センサーを使って体動ノイズをキャンセルする機能を内蔵した脈拍数算出アルゴリズムを開発した。体動ノイズは、体が動くことによるセンサー位置ズレや血流の変化で発生するため、ノイズ成分は、加速度センサーの信号と相関がある。この現象を利用し、加速度センサーから体動ノイズ成分を抽出し、脈波信号に含まれるノイズを除去するアルゴリズムを作成した。
図7は、実際にトレッドミル運動時の脈拍数の推移を電極型心拍計と比較した結果である。ロームのアルゴリズムを搭載したデモ機では、心拍計に対して良好な追従性を示しており、体動ノイズの影響を抑えて、精度良く脈拍数を算出できている。
脈波信号を使ったアプリケーションとしては脈拍計が一般的だが、脈拍変動を解析して得られるストレス計測や、波形解析を行うことで得られる血圧情報などのアプリケーション開発も進んでいる。これらの機能がウエアラブル機器に搭載され、定常的に計測できるようになると、日々の体の状態変化から早期に病気の予兆を捕らえることが可能になると期待されている。現在、ロームにおいても、これらの生体情報の測定に対応した脈波センサーの開発に取り組んでいる。
脈波からストレス計測や血圧情報を取得するには、脈波信号の時間分解能を上げる必要がある。そこでロームでは、サンプリング周波数を1024Hzに高速化した脈波センサーを試作した。図8に示す通り、脈波信号を高分解能かつ高精度に検出できることが確認できており、今後、この脈波センサーを使ってストレスや血圧情報を算出するアルゴリズムの開発に取り組んでいく。
ロームでは、本稿で紹介した脈波センサーのみならず、様々なセンサー製品の開発を積極的に行っている。今後もロームは、ウエアラブル市場が拡大することに伴い、バイタルセンシングに欠かせない低消費・高精度を追求した多種多様なセンサー製品の開発を進め、市場ニーズに応えていくことで社会に貢献していく。
<ローム(株)>