日本大学理工学部(千葉県船橋市)は、現在主流のデジタルコンピュータの応用ではなく、アナログ素子を集積した回路で人工知能(AI)を実現する研究を行っている。
研究の中心となっているのは、佐伯勝敏同大電子工学科教授。
「現在、広く行われているAIの研究は、ソフトだったり、従来のデジタルコンピュータの技術を応用したものだったりが多い。日大の研究では、純粋アナログ素子での構築を目指しているのが、最大の特徴だ」と佐伯教授は語る。
同教授の研究では、アナログ素子で人間などの脳の基本構成要素であるニューロンやシナプスの機能を実現していくのだが、デジタル応用型と比べて以下のような特徴があるという。
まず、回路の高速性が必要ない。デジタル応用型では、動作速度がナノオーダーであるのに対し、アナログ型では、生体のニューロン同様、非同期で並列動作を実現でき、ミリオーダーで事足りる。また、構成要素が少ないので、無理な回路小型化が不要で、逆に小型に作れば、処理速度を簡単に向上できるという第二の特徴が出てくる。
第三に通常の電子回路やデジタル回路では、回路の正常な働きを阻害するため、徹底的に排除されるノイズを利用した動作も可能。
第四に待機状態では原理的にほとんど電力を消費せず、動作時も、回路が高速である必要がないので、低消費電力素子が利用でき、省エネである。
アナログ素子の「ニューロモーヒックデバイス」で構成された人工知能のこのような特徴は、生体ニューロンと同様にパルスを用い、主に外部からのデータの記憶・処理を、パルスの時間差を用いて行うタイムドメインによっている。そのため、データが時間差のパルスで表現されることにより、絶対的な回路高速性をそれほど必要としない。
一方、このような時間差を利用したデータ信号処理の場合、外部データ入力をどのように行うのかが、大きな課題となる。当然、通常良く使われるデジタル信号用は使えない。このため、新たな入力デバイス(センサー)の開発が必須となる。この点がアナログ型人工知能技術のブレークスルーポイントである。同大では、当初は生体センサーなどを入力デバイスとして実験に使用していたが、現在は、生化学センサーを中心として研究を進めている。
佐伯教授は「我々の脳の構造に近いアナログ型の人工知能開発は、人間の五感に相当する入力部センサーを含めた開発にかかっている。センサー開発には、人間の知覚・生理に関する研究が不可欠だ。幸い当大には医学部で神経生理学などの研究、隣接地にある薬学部では生化学の研究も行われていて、研究環境としては整っている」と同大内での学部を超えた共同研究の成果を強調した。同時に「デジタル応用型のAIにしても最初に本格的に研究開発が開始されてから、30年以上経って、ようやく成果が見え始めた。アナログ型のAIも研究開発に今後、10年単位の時間が必要、政府や企業の息の長い支援が重要だ。アナログ型の人工知能が実用化されれば、完全自立で人間のように思考できるロボットの実現も夢ではない」と基礎研究の重要性とそれへの継続的な支援の重要性を強調した。
<取材協力:日本大学理工学部電子工学科佐伯研究室>
アナログ素子:連続的に変化する信号を扱うための素子をいう。
受動素子の多くが、このアナログ素子に属するが、デジタル素子として使用することができるものも多い。
デジタル素子:主に離散的に変化する信号を扱うための素子をいう。離散的とは、連続的に変化しないということで、通常は信号を0と1の電気のオン・オフで表現するデジタル信号に特化して開発されたものを指す。良く使われるものにロジックICがある。
ニューラルネットワーク:アナログ型AIでは、ニューロンが互いに接続されてネットワークが形成された状態もしくは、その回路自体をいう。この回路を形成する素子がニューロモーヒックデバイスである。
ニューロモーヒックデバイス:脳モデルのソフトウエア的シミューレションではなく、物理的な回路として、脳の情報伝達モデルを物理実装するデバイスでアナログ型AIの開発のキーポイントとなるもの。
【 佐伯勝敏教授(博士(工学))略歴 】
1965年生まれ。日本大学理工学部電子工学科1987年卒業。日本大学大学院理工学研究科 電子工学専攻1989年修了。
研究分野:電子回路、集積回路、生体情報、ニューロンモデル、ニューラルネットワーク、ニューロモーフィックデバイス、脳型システム、脳モデル、バイオセンサー、生体信号処理システム。
所属学会:日本神経回路学会、電気学会、電子情報通信学会。
主な役職:電気学会 電子・情報・システム部門役員会研究経営担当および編修担当、電気学会 非線形電子回路集積化技術調査専門委員会委員長、電子情報通信学会 東京支部役員会評議員などを歴任。