東京工業大学など

有機ELディスプレイの電子注入層と輸送用新酸化物半導体を開発


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 東京工業大学科学技術創成研究院の細野秀雄教授らは、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業において、有機エレクトロニクスに適した新しい酸化物半導体を開発した。

 有機半導体は電子親和力が小さいため、カソード(陰極)から活性層への電子注入の障壁が高く、有機ELディスプレイでは、これがネックになっている。また、カソード(陰極)から活性層に電子を運ぶ電子輸送層に、移動度が大きく透明な物質がないため、その厚さを大きくできないので短絡が生じやすい課題があった。

 細野教授らのグループは、IGZO−薄膜トランジスタ(TFT)が有機ELディスプレイにも実装され始めたことを受けて、より安定に動作し、しかも低コストで製造できるプロセスを可能にする電子注入層と電子輸送層用の新物質を透明アモルファス酸化物で実現した。前者としては金属リチウムと同じ低仕事関数を、後者では従来の有機材料よりも3桁以上大きな移動度を持つもの。これらの物質を用いると逆積み構造(陰極が下部)でも順積み構造のデバイスと同等以上の性能を持つ有機ELデバイスが実現できることを示した。

【 研究の背景と経緯 】

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 1996年に細野教授らのグループは結晶並みの大きな電子移動度を持つ透明アモルファス酸化物半導体(TAOS)の材料設計指針と実例を報告した。2004年にはTAOSの1つであるIn−Ga−Zn−O(IGZO、通称イグゾー)を活性層とする薄膜トランジスタ(TFT)をプラスチック基板上に作製し、約10cm2/(V.s)の電界効果移動度が得られることをNature誌に発表した。この移動度は水素化アモルファスシリコンよりも1桁大きく、スパッターリング法で容易に大面積の基板上に作製できることから、ディスプレイ分野で大きな反響を呼び、フラットパネルディスプレイ応用を目指した酸化物TFTの研究が世界的に立ち上がる先陣となった。そして2012年ごろからスマホ、タブレットPC、高解像液晶ディスプレイへの実用化が始まり、2015年から開発当初の目標であったIGZO−TFTで駆動する大型有機ELテレビの生産が本格的に開始されている。

 しかし、現在の有機ELディスプレイには改良すべき課題がたくさんある。その1つは、陰極からいかにスムーズに電子を発光層へ運んで注入するかである。これは、有機発光層の電子親和力が一般に3eVよりも小さいのに対して、陰極に使えるアルミニウムなどの金属の仕事関数はこれよりもずっと大きいため、陰極から発光層へ電子を注入するための障壁が高くなってしまう。また、電子が移動できるn型の有機電子輸送層は、移動度が10−3 cm2/(Vs)以下で、強く着色し光を透過しにくくする。このため、抵抗を低く抑え、光の取り出し効率を低下させないために、輸送層を薄くしなければならない。

 また、IGZOなどの酸化物半導体はn型であり、小型OLEDディスプレイの駆動に使われているp型の多結晶シリコン(LTPS)を駆動用TFTとして用いる場合、デバイスの積層(陰極が上部にくる順積み構造)を逆(陰極がボトム)にした方が素子の安定性や焼きつき防止に有利であることは既に知られている(図2参照)。しかし、逆積みにしても有効に働く電子注入層用の物質がこれまで報告されていなかった。

【 研究成果の内容 】

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 今回開発した新物質は、いずれもありふれた元素のみを成分とするアモルファスの半導体物質である。電子注入層用には仕事関数が小さく、同時に安定という相反する特性が要求される。本研究グループは、2003年に12Ca0.7Al2O3(以下C12A7)を用いて、室温で安定な電子化物(エレクトライド)を初めて実現した。電子化物は、電子がマイナスイオンとして働く物質の総称。C12A7電子化物は、元のC12A7とは異なり、高い電子伝導性を示すだけでなく、その仕事関数は2.4eVと金属カリウムに匹敵する小さい値を持ち、素手で触れられるほど化学的に安定である。しかし、その薄膜の作製には900℃以上の高温が必要なため、有機エレクトニクスには応用ができなかった。

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 同グループは、緻密に焼き固めたC12A7電子化物の多結晶体をターゲット(図3)にしてスパッタ−リング法で室温にて製膜を行ったところ、得られた薄膜はアモルファスであり、結晶C12A7電子化物と同程度の濃度のアニオン電子を含むことを見いだした。そして、紫外光電子分光によって求めた仕事関数は3.0eV(電子ボルト)であり、金属リチウムやカルシウムと同程度だった。可視光領域には大きな吸収帯を持たないため、薄膜は無色透明である。アニオン(陰イオン)電子が特定の原子の軌道を占有しないので、その仕事関数が小さいという電子化物の特徴がアモルファスになっても保持されていることが明らかとなった。

 また、電子輸送層用としてアモルファス亜鉛シリケート(a−ZSO)を開発した。この物質は電子移動度が〜1cm2/(V.s)とn型の有機半導体よりも3桁以上大きく、陰極として使われるIT(透明導電膜)やアルミニウムとオーミック(オームの法則が成り立つような)接触する。そして、仕事関数は3.5eVと既存の酸化物半導体のいずれよりもかなり小さくなった(図4)。

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 a−C12A7エレクトライドを電子注入層に、a−ZSOを電子輸送層に用いて、逆積みの有機ELデバイスを作製したところ、広く使われているLiFプラスAlを用いた順積みデバイスよりも優れた特性を示した(図5)。

【 今後の展開 】

 今回、有機エレクロニクス用に開発した2種類の透明アモルファス酸化物半導体a−C12A7エレクトライドは仕事関数が小さく、a−ZSOは電子移動度が大きい、しかも化学的に安定という特徴を持つ。室温で透明な薄膜が、ガラスだけでなくプラスチック上にも容易に形成できる。これらの薄膜は透明電極であるITOを付けた大型の基板上に連続して成膜が可能で、しかも一括でウエットエッチングできるので、量産性に優れた液晶ディスプレイの製造プロセスを有機ELディスプレイの製造に援用できるというメリットもある。

<資料提供:東京工業大学>