半導体

スピントロニクス技術使った待機電力ゼロのシステムLSI開発
東北大学とNECなど
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 東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター(CSIS、大野英男センター長)とNECなどは共同で、世界で初めて、電子の電荷とスピンを利用したスピントロニクス技術に基づく「待機電力ゼロ」のシステムLSIの実証と、新たな高信頼性垂直磁化スピントロニクス不揮発素子の開発に成功した。

 これまで、半導体集積回路は、集積度が向上して電力消費の限界ラインに達した際、基本デバイスや基本構成の根源的な変革が行われている(図1)。2000年代では、CMOS集積回路の電力消費が一定の限界に達し、新たなマルチコアLSIという技術が登場し利用されている。ただ、マルチコアLSIの電力消費も徐々に限界に達しつつある中で、新たな根源的な技術変革が期待されている。その中で、システムLSIの消費電力増大の一因として待機電力が動作電力に迫っているという点が挙げられ、待機電力を抑えるという点で特に根源的な変革が求められている。

 それに対して、システムLSIの電源をオフにしても、情報が保持される「不揮発」を実現することで、待機電力を「ゼロ」にでき、根源的な変革が実現されるが、電源をオフにしても記憶を保持する不揮発性素子が必要になる(図2)。

 不揮発性素子では、NAND型フラッシュメモリーやFRAMといった素子がすでに開発されているが、論理回路に要求される書き込み/読み出しの回数や速度、低電圧動作などの要件を満たすことができなかった。

 東北大CSISなどでは、論理回路に求められる要件を満たす不揮発性素子は「スピントロニクス素子のみ」とし、研究開発を進めている。スピントロニクスとは、電子が持つ2つの性質である「電子スピン」(=微弱な磁石)と「電荷」の両方を利用する技術。今回、このスピントロニクス技術を用いたシステムLSIの開発に成功した。

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世界最小素子数の完全並列型不揮発性TCAMチップ開発

 CSISとNECは共同で、スピントロニクス技術である「スピン注入磁化反転型磁気トンネル接合(MTJ)デバイスとシリコンデバイスを組み合わせ、不揮発性記憶機能と演算機能をコンパクトに一体化させ、世界最小素子数の完全並列型不揮発Ternary ContentマイナスAddressable Memory(TCAM=汎用検索集積回路)チップを開発した。

 TCAMは、汎用コンピュータが不得意な「情報検索」を、高並列で高速に実行する回路であり、ネットワークルータのウイルスチェッカーやデータベースマシンのデータ検索ハードとして電子機器で利用されている。

 TCAMセルでは、情報検索を対応するビットだけスキップする機能(ビットマスク機能)など高機能な情報検索を実行するため、2ビットの記憶回路とビットレベルの情報検索回路を各セル内部に含み「ビットコストが高い」「微細化プロセスでの漏れ電流が増大する」「といった問題点を抱えている。電源を切ることで漏れ電流をカットできるが、記憶データも失うため、現状の技術では解決が難しかった。

 しかし、MTJデバイスは、磁石方向の違いで生じる抵抗値の変化(TMR比)は、シリコンデバイスの抵抗値変化と比べて小さく、一致/不一致を検出する際の内部信号振幅がワード長とともに減衰する問題があった。不揮発ロジックインメモリー回路技術を用いれば、回路の小型化ができるが、現状のTMR比では、回路の動作マージンが減衰し、高並列処理が実現困難となる。そのため、ハードウエアの無駄を最小限に抑えつつ、いかに高並列処理を実現するかが大きな研究課題となっている。

 東北大とNECでは、NECが従来から開発を進めてきた磁性体に対して垂直な磁化をもつ垂直磁壁素子を利用し、TCAMへのMTJデバイスの適用を可能にした(図3、4)。新たに開発した技術は次の通り。

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 高速性を保ったままCAMを不揮発化するために、半導体の1つのセル内に、スピン方向が互いに逆となる2個のスピントロニクス素子を接続した。回路の構造上、2つの素子の直列接続ができず、各素子へのデータの一括書き込みが困難な従来の2端子素子に比べ、今回開発した3端子素子では、書き込み電流経路と読み出し電流経路を分けることで、2つの素子を直列接続し、1度に書き込み可能になった。これにより、素子ごとに必要であった書き込みスイッチのうち1つが省略可能となり、セルをコンパクト化できるとともに、CMOSトランジスタのみで構成した従来のCAMと同等となる5ナノ秒の高速な検索時間、9.4mWの低消費電力も実現した。

 また、今回開発したCAM回路技術は、書き込み電流と読み出し電流の経路を分離したことで、垂直磁壁素子を直列接続したことに加え、書き込み用スイッチ(トランジスタ)を共通化したことでトランジスタ数を2セルあたり、8個から3個に削減することが可能となり、CAM面積の約2分の1の削減に成功した。

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 これらの回路構成の工夫により、最小限のハードウエアオーバーヘッドで実用途の数百ビット以上の多ビット並列検索動作を実現した。今回の成果により、従来までは両立の難しかったセル回路のコンパクト化とTCMAの不揮発化(待機電力の完全遮断)の両立とともに、高並列処理が可能なTCAMの開発が実証した。

 また東北大は、日立製作所と共同で垂直磁化MTJ素子において、新構造を採用することによりその不揮発性を高め、実用化に不可欠な10年以上の記録保持の条件も達成している。
 具体的には、垂直磁化MTJ素子は2つの磁石(磁性層)を有し、磁石の向きが互いに反対の状態では反発力がはたらく。その結果、磁石の向きは不安定となり、不揮発性の指標である熱安定性「Δ」が減少し、記憶が失われやすくなるという課題があった。

 そこで、新たにステップ構造をMTJ素子に採用することにより、磁石間の反発力が抑制できるためΔが向上し、集積化時の不揮発性を満足できることを実証。10年記録保持に必要な「Δ>68」を上回る「Δ>70」を達成した(図5)。