新技術

GaAs系半導体材料 日立国際研究チームを採用
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 日立製作所は、欧州における研究開発拠点である日立ヨーロッパ社日立ケンブリッジ研究所をはじめとする国際研究チームが、ガリウムヒ素(GaAs)系の半導体材料を用いて、電子がもつ磁石の性質であるスピンの流れ(スピン流)を電流と同様に制御・観測することに成功したことを発表した。20世紀の産業を発展させた電子の電荷の流れ(電流)を利用するエレクトロニクス技術に対して、この技術は電子が持つもう一つの性質であるスピンを利用するスピントロニクス技術に道を開く成果である。

スピントロニクス開発の背景
  1940年代にトランジスタが発明されて以来、エレクトロニクス産業の発展に貢献してきた電子デバイスは、電子の物理的性質である電荷の流れ(電流)を利用してきた。電子には、電荷とともに、上向きと下向きの2種の値があるスピンと呼ばれる磁石の性質がある。通常の電子においては2種のスピンは50%の確率で含まれているため、スピンの特性は顕在化しない。電子がもつスピンの性質を利用するスピントロニクスを用いることにより、電子デバイスの1/10〜1/100とも言われる大幅な低電力化や、電気・磁気融合デバイスなど、従来の電子デバイスでは実現できなかった機能をもつデバイスの開発が期待できる。電子のスピン流を電気的に制御・観測する理論は、約20年前に提案されているが、その実証には、スピン流の注入、制御、観測など、スピントロニクスに必須の基礎現象を作り出す必要がある。しかし、現在に至るまで、スピン流を電流と同様に人工的に制御・観測した事例はなかった。


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日立国際研究チームの取り組み
  このような背景から、日立をはじめとする国際研究チームは、スピントロニクスの実用化に向けて、まず2005年に磁性材料を用いずにGaAs系半導体で、マイナス269℃の極低温において上向き・下向きスピンの観測(スピンホール効果の観測:スピン軌道相互作用を有する物質中に電流を流したとき、電流路の両端に上向きスピンを有する電子と、下向きスピンを有する電子が分離して蓄積する現象の観測)に成功した。2009年には、同じくGaAs素系半導体で、マイナス53℃において数μmの距離を移動するスピン流の観測に成功している。これはスピンインジェクションホール効果と言われ、右左の後述の円偏光を用いて半導体中に励起した上向き/下向きスピンを、スピンホール効果で検出する方法である。

開発したスピン流制御素子の概要
  今回、開発に成功した素子はGaAs系半導体を用いて、pn接合を有する平面型フォトダイオードとホール効果を測定するためのデバイスであるホールバーを形成したn型チャネルから構成されている。フォトダイオードに光をあて、光起電力効果で生じる光励起電子により、スピンを素子に注入する。入射する光はスピンを一定の方向に揃えたスピン偏極電子を生成するために円偏光を用いる。

  光は電場や磁場を伝搬する波であるが、偏光している光とは、電場および磁場が特定の方向にしか振動していない光のことである。本研究では円偏光を用いている。ここで、円偏光とは、電磁波の振動が伝播に伴って円を描くもので、回転方向によって、右円偏光と左円偏光があり、偏光角度とは回転の角度である。

  このようにして注入されたスピンは、回転している独楽の運動のように自転している物体の回転軸が円を描いて振れている歳差運動をしながらスピン流となって移動する(スピンインジェクションホール効果)。ここでn型チャネルの上にp型の電極を形成し、電圧を加えると、相対論的量子論効果により、ゲート電極におけるスピンの歳差運動が制御される。これにより、別のホールバーで検出されるスピンの向き、すなわち電圧が制御されることになる。

  制御のカギである相対論的量子論効果とはここではスピン・軌道相互作用のことを指す。相対論的量子効果を使うと、磁場が加わっていない状態でも、電場に対して垂直に動いている電子には、電場以外に磁場が混じっているように見える現象が導き出される。これにスピンが影響を受け、スピンの向きによって進行方向が曲げられる。これが、スピン軌道相互作用であり、今回のデバイスのカギを担っている

今回の開発成果
  GaAs系半導体に注入したスピン流の上向き・下向きを電圧で制御できる素子を開発し、オン・オフ動作を観測することに成功した。実験では、光の円偏光を利用して半導体にスピンを注入しているが、今後、強磁性体材料においてスピンを注入する技術が開発できれば、1990年にSupriyo DattaとBiswajit A.Dasが理論予測したスピントロニクスデバイスが実現できる。

  また、光の偏光を制御・観測できる固体デバイスを開発したことは、光の偏光角という情報を加えた大容量情報通信システムを実現する可能性や、生体・高分子材料の特性を光の偏光で分析する新たな検査システムなどの開発につながる成果である。さらに、広範に将来の社会インフラにおける大幅な省電力化・高機能化や量子コンピュータをはじめとする科学の新たな発展に貢献することが期待できる。

  本成果は昨年12月24日発行の米国Science誌(Vol.330,bU012,pp.1801マイナス1804)に掲載された。

  なお、国際研究チームは日立ヨーロッパ社ケンブリッジ研究所、チェコ科学アカデミー、チャールズ大学(チェコ)、ケンブリッジ大学(英)、ノッティンガム大学(英)、テキサスA&M大学(米)で構成されている。
 

<資料提供:Science誌、(株)日立製作所>