半導体産業は我が国の主力産業の一つであると同時に国際的な技術開発競争が最も激しい分野の一つでもある。現在、環境問題対策などの機運の高まりを受け、低消費電力技術が新たな競争軸となってきている。半導体の基板は、現在、シリコン基板が主流となっているが、省エネルギー、周波数特性などの観点から、GaN(gallium nitride)を用いた基板の開発が必要とされている。GaN基板は従前のシリコン基板に比べて電気抵抗が10分の1程度であり、これからの社会ニーズに応えることができるものと期待されている。NEDOでは、「ナノエレクトロニクス半導体新材料・新構造技術開発マイナス窒化物系化合物半導体基板・エピタキシャル成長技術の開発」をスタートし、世界に先駆けてGaNによる半導体基板の実用化を目指している。
また半導体の分野では、材料を製造工程に導入したときの問題点や課題を的確かつ迅速に把握するため、より精度のよい評価技術が不可欠となっている。しかしながら1社でさまざまな評価装置を有することは難しく、国の支援やコンソーシアム形式での評価拠点の重要性が増している。そこでNEDOでは、新機能性材料の開発に貢献する評価基盤技術の開発を目指した「半導体機能性材料の高度評価基盤開発」を実施している。本稿では以上の2プロジェクトについて、その取り組みを紹介する。
1.テーマ実施の背景・社会的ニーズ
エネルギー資源の約8割を海外に依存する我が国にとって、省エネルギー化はエネルギー政策の上からも地球環境保全の上からも重要な課題である。最終エネルギー消費量に占める電力消費量の割合は今後もますます地球規模で増加する傾向にあり、電力消費における高効率化技術の開発が急務となっている。なかでも、電力変換にスイッチング技術を用いるパワーエレクトロニクス分野における省エネルギー化が重要であり、その中心的役割を果たす電子デバイスの革新的な省エネルギー化技術が求められている。この目標を達成するためには、従来のシリコン半導体では、材料の性質上から性能限界が予測されており、新しい半導体材料である窒化物半導体に大きな期待が寄せられている。
2.研究開発内容について
本プロジェクトでは、従来のシリコン半導体では実現できない高効率スイッチング動作や高電力領域で高効率動作可能な小型電子デバイスの作製に必要な基盤技術の確立を目指し、大口径の窒化物半導体単結晶基板技術(基板グループ)、広範囲の組成制御性に優れた高品質大口径エピタキシャル成長技術(エピグループ)、新構造を含む窒化物半導体電子デバイス作製評価技術(デバイスグループ)の研究開発に取り組む。これら3グループで連携を取り、研究開発を推進している。
大口径窒化物半導体基板の開発では、Naフラックス法を用いたGaN単結晶の大口径化技術で世界の先端を行く大阪大学に新型の4インチ対応の結晶成長装置を導入した。新型の4軸揺動機構を搭載し、溶液対流速度〜2cm/秒の最適条件で、世界初4インチ口径のGaN単結晶基板の作製に成功した(図1)。この4インチGaN結晶では、種結晶としてサファイア基板上のGaN薄膜を用いたため、結晶歪によるクラックがGaN単結晶基板に混入したが、低歪の自立GaN単結晶種基板が開発できれば、クラック発生の問題は解決できるものと考えている。低転位化への方策として、プロジェクト参加企業である古河機械金属が提供する種結晶の歪低減、成長膜厚の増加、仕込みGa:Na比の最適化を図ることにより、世界最高水準の低転位密度〜105cm−2を達成した。また、Geをn型不純物として0.6mol%添加することにより、抵抗率10−2Ωcmをもつ高導電性自立GaN基板の開発に成功した(図2)。
高品質大口径エピタキシャル成長技術の開発では、窒化物半導体エピタキシャル技術で世界のパイオニア的存在である名古屋大学に超高速バルブスイッチング加圧デジタルMOVPE(有機金属気相エピタキシー成長)装置を導入し、AlNおよびAlGaNの原子層エピタキシャル成長に世界で初めて成功した(図3)。これにより、膜厚制御を原子層厚のレベルで正確に制御できることが確認された。また、プロジェクト参加企業の一つである昭和電工は、本MOVPE装置を加圧条件(2atm)で用いることにより、組成ばらつきの少ない高In組成InGaNの成長が可能となることを世界で初めて実証した。In組成60%のInGaNをチャネルとするAlGaN/InGaN HEMTの基本直流特性の実証にも成功した(図4)。無極性GaN基板上のエピタキシャル成長では、m面とa面について結晶品質の基板オフ角依存性を明らかにし、平坦性と結晶性の良好な無極性
GaN層の成長条件を明らかにした。プロジェクト参加企業の一つである住友電気工業は、自立AlN基板上にMOVPEを用いて高品質な高Al組成(>50%)AlGaN層のヘテロエピタキシャル成長に成功し、後述するAlGaNチャネルHEMT実現に大きく貢献した。
窒化物半導体電子デバイス作製評価技術の開発では、福井大学に基本デバイスプロセス装置を導入し、NaフラックスGaN基板上にAlGaN/GaN HEMTを試作し、3μmゲートデバイスにおいて320mA/mmのドレイン電流と耐圧280Vの良好な直流動作を確認した(図5)。また、エピタキシャル層の表面モホロジ(morphology)とHEMT特性の相関について検討した結果、表面モホロジの良好度とゲートリーク電流との間に明確な相関がある可能性を見出した。また、自立AlN基板上に高Al組成(51%)AlGaNチャネルHEMTを世界で初めて試作し、高ゲート耐圧2000Vに加えて、300℃において良好な直流動作を確認した(図6)。オーミック電極には、新規開発のZr/Al/Mo/Auを用いた。縦型デバイスの電流リーク低減を目指し、エッチピットと結晶欠陥の同定について検討した。実機動作の実証では、プロジェクト参加企業の一つであるサンケン電気が、GaN基板上に作製したショットキーダイオードをLEDドライバー回路に搭載しSiダイオード比で6%の損失向上を確認した。
3.今後の見通し
高品質で大口径の自立GaN単結晶基板を用いた基盤技術開発は、パワーエレクトロニクス分野で用いる電子デバイスの低損失化と大電力化に大きく貢献する。
特に、エアコンなどの家電製品やパソコンなどのOA機器の発熱防止や電源の小型化を促進し、ハイブリッド自動車の冷却系統の簡素化を可能にする。これらの技術が、我が国の省エネルギー化とCO 2排出量削減に寄与することは言うまでもない。
本プロジェクトで開発された材料デバイス技術は、パワーエレクトロニクス分野に限らず、超高速LSIや超高周波通信回路などのIT分野や医療エレクトロニクス分野などの幅広い分野への展開が期待され、その波及効果は極めて大きいものと考えられる。
1.テーマ実施の背景・社会的ニーズ
半導体技術は飛躍的な成長を遂げており、より高機能化が進んでいる。近年、家庭内外の電子化が進み、多くのシーンでLSIを使用したもの(パソコン、スマートフォンなど)が使用されている。しかし、高機能化や環境問題、長時間使用などの観点からLSIの高速化・低消費電力化が重要な課題となっており、配線構造や材料の進化・実用化が強く望まれている。新材料の実用化という点でネックとなっているのは、それを半導体製造工程に導入したときの問題点や課題を的確かつ迅速に把握する評価技術が不十分な点である。また、材料メーカー単独で一連の評価装置への投資は過大な負担となり、これは国内材料メーカーの製品開発力、競争力を低下させる原因の一つとなっている。上記の問題を解決するために国内の材料メーカーが結集し、次世代半導体材料技術研究組合(略称=CASMAT)を運営している。CASMATでは国内唯一の300mm一貫材料評価ラインおよび各種評価材料を保有しており、1社では難しい半導体の高度な評価を行う体制が構築されている。
2.研究開発内容について
CASMATでは、NEDOの支援により、平成15年より半導体材料の評価基盤プロジェクトを進めている。現在、第3期目に当たる本プロジェクトでは、これまでの配線素子の評価に加え、接合素子を含む材料評価用配線パターン(TEG:Test Element Group)を用いて、基板工程・配線工程およびパッケージに至るLSI製造工程全体を一貫して材料影響の把握できる評価技術の確立を目指している(図7)。また、新機能性材料の開発に貢献する評価基盤技術を開発することで、LSI製造に適用できる統合的なソリューション技術を提案することを目指している。具体的には以下の3項目の研究課題に取り組んでいる。
(1)接合素子を含む材料評価用配線TEGの開発
本項目では材料とプロセス条件が接合素子の初期特性や信頼性に与える影響を定量的に抽出できるように、種々の接合素子のパターン形状、寸法、構造などを調査してTEGマスクを設計し、そのマスクを用いて接合素子を試作し、TEG開発を進めている。試作したTEG中には材料とプロセス条件の相互影響を解析するためのアンテナTEGと材料の誘電率とそれを用いた配線構造の電気特性を解析するためのリングオシレータ(注1)が配置されている(図8)。アンテナTEGは、エッチングやアッシングなど配線工程で発生するチャージアップやダメージを増幅して検出する機能を、リングオシレータは遅延時間を詳細に分析することにより材料の誘電率と配線構造を解析する機能を有する。リングオシレータを用いてゲートの遅延時間を測定する方法は良く知られているが、配線材料の誘電特性の評価は本研究が初めてであり、リングオシレータの遅延時間に対して負荷容量が比例することが分かった(図9)。
今後試作TEGの形状や電気特性の測定を行って、接合素子の機能を検証し、その結果からマスクを改良してTEGを完成する。さらに配線工程を付加した場合に材料評価専用TEGとしての機能が発揮できるか検討する。
(2)材料による金属汚染、応力が及ぼす影響の評価方法の開発
製造プロセスに用いる半導体用材料あるいは製造プロセスによる接続素子への影響(金属汚染、応力、電荷蓄積など)が把握できる電気特性の測定方法や解析方法を開発中である。
現在、ダマシンプロセス(注2)などで用いられるCMP(Chemical Mechanical Polish)(注3)プロセスの中で、開発したCMP用のTEGを用いて、CMPスラリ(Slurry)による配線・絶縁膜のダメージ、平坦性の評価を配線抵抗やリーク電流を解析することによって評価する方法を見出した(図10)。これにより、各種関連材料(CMPスラリなど)の性能評価(例.平坦性)が可能となった。
(3)LSIプロセス全体を考慮した材料評価基盤の開発
対象とするパッケージをワイヤーボンド型とフリップチップ型とし、接合素子とCu/Lowマイナスk(低誘電率)配線を有するウエハーのパッケージ組立工程の基準プロセスと評価方法を確立する。さらに、熱、応力、水分などが電気特性や材料に与える影響を把握し、信頼性評価技術を確立することを目指している。現在までに2層配線TEGチップを用いたWLP(ウエハーレベルパッケージ)での一貫評価により、Lowマイナスk材料、バッファコート膜の影響を評価し、各材料間差が把握できることが分かった。また、MCP(Multi Chip Package)組み立てによる材料の反りと接着力の関係も明らかになった。
今後得られた知見を迅速に各工程にフィードバックし、基板工程から配線工程、パッケージまでのLSIプロセスにおいて次世代半導体以降にも対応する材料を一貫して評価できる評価基盤を確立する。
以上の研究開発により、接合素子、配線素子、パッケージ組み立てそれぞれの製造プロセスにおける最適工程仕様の策定を行っている。
3.今後の見通し
本評価基盤の確立により、新材料を使った新規デバイス開発期間が大幅に短縮可能となる。しかし、接合素子の性能・信頼性を含め、半導体製造プロセス全体を俯瞰して半導体用材料が開発できる材料評価基盤はまだ十分でない。今後は、更にTEGの改良および検証を行い、より精度の高い測定方法や解析方法の確立を行い、構成部材のトータルソリューションとして提案できるものを目指していく予定である。
*注釈
(注1)リングオシレータ:全体として負(マイナス1以下)のゲインを持つ複数個の遅延要素(典型的には奇数個のNOTゲート)をリング状に結合した構成をもつ発振回路のこと
(注2)ダマシンプロセス:絶縁層に穴をあけ、銅を流し込む工程のこと
(注3)CMP(Chemical Mechanical Polishing):化学機械研磨のこと、半導体製造における研磨技術
<太田雅彦、廣石治郎:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 電子・材料・ナノテクノロジー部>