2050年までに、温室効果ガスの排出量を半減させることを目標とした技術の研究開発が急がれている。太陽光発電システムが温室効果ガス半減に寄与するためには今後大量に導入される必要があるが、現状の技術および、その延長では大量導入の前提となる経済性・性能が得られない。「変換効率40%超」かつ「発電コストが汎用電力料金並み(7円/kWh)」を達成する太陽光発電システム技術を2050年までに実用化させ、世界規模で大規模太陽光発電ステーションを導入し、世界のエネルギー供給の相当部分を太陽光発電で賄うことが求められている。もちろん、このためには太陽光発電で得たエネルギーを高効率で送電したり、化学エネルギーなどの形で高密度・高効率に貯蔵するための革新的技術の開発が伴わなければならない。
このような背景のもと、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「革新的太陽光発電技術研究開発事業」の発足という格好の契機を得て、我々は従来のシリコン太陽電池研究開発の発想を超えた、新規材料・構造を利用した超高効率太陽電池(およびその関連技術)の研究開発を行う国際研究拠点「ソーラークエスト(Solar Quest)」を設置した。
具体的には、多種の化合物半導体を融合させた多接合超高効率太陽電池、量子ナノ効果を用いたマルチバンド超高効率太陽電池など、従来の延長線上にない革新的高効率セル技術の研究開発を行うとともに、これらを低環境負荷で大量生産する革新的プロセス技術の開発を総合的に行う。また、塗布プロセスなどで製造し得る有機/無機複合新概念セルの基礎研究や、近接場光による局所高強度場を利用した高効率化の検討も同時に行う。このような取り組みにより、ポスト京都議定書体制下での温室効果ガス削減に向けた切り札となる技術を、我が国を中心とした国際連携のもとで研究開発する中核拠点となることを目指している。
Solar Questは、東大・中野を代表に、V−V族半導体を用いた集光型太陽電池の研究開発を長年率いてきた豊田工業大学・山口真史教授と、シャープで太陽電池開発をリードしてきた現東大・富田孝司特任教授の2人を副代表として、図1に示すように、国内の有力大学および企業を4つのチームに構成して研究開発を進めている。チーム1は、豊田工業大学・山口教授を中心に、集光型多接合太陽電池のさらなる高効率化を主な課題としている。また、V−V族半導体多接合太陽電池の世界的プレーヤーであるシャープが実用化を見据えた研究開発を展開している。チーム2は、東大・中野および杉山正和准教授を中心に、従来半導体レーザーや光通信デバイス用途に発展を遂げてきたV−V族半導体の量子井戸デバイス技術、有機金属気相成長や微細加工などのデバイスプロセス技術をもって、多接合太陽電池の高効率化に資することを目指して研究開発を進めている。チーム3は、東大・岡田至崇准教授を中心に、多接合の次の世代を標榜する変換効率50%超の技術である、量子ドットアレイを用いたマルチバンド太陽電池の実現を目指し、世界の研究機関と競争・協力しつつ研究開発を進めている。また、プラズモンなどを利用した光マネジメント技術を次世代太陽電池に実装することも目指している。チーム4は、東大・瀬川浩司教授を中心に、これまでの無機/有機の概念にとらわれない新材料を開発し、V−V族半導体高効率太陽電池と組み合わせることで、長波長光の光電変換などによる変換効率の増強を狙っている。
これら4チームは、研究開発テーマに応じてチームの枠を超えた連携も積極的に行っており、Solar Questが一丸となって革新的高効率太陽光発電技術の創出を目指している。
Solar Questにおける研究開発内容は、次回以降の記事でチームごとに詳細を紹介することにするが、初回ではその全体像を、チームを横断した研究トピックの観点から俯瞰してみよう。プロジェクトにおける研究テーマの俯瞰像を図2に示す。
革新的超高効率を目指すため、我々はまず多接合太陽電池におけるバンドギャップ(結晶組成)の組み合わせを最適化することによる変換効率の向上を試みる。材料系としては従来用いられてきたAlGaInAsP系の化合物半導体をそのまま使いつつ、結晶成長法の改良や量子構造の導入、希薄窒素の導入により、セル間の電流整合を向上することを目指す。また、将来の多接合セルを構成する有望な新材料として窒化物半導体に着目し、結晶品位の改善やセル作製による問題点の抽出など、基礎的な検討を開始している。これらの課題に対しては結晶格子内への窒素の取り込みなど結晶成長素過程が重要な役割を果たすため、理論計算による改善指針の提案も並行して行っている。
一方、多接合セルの次世代を担う超高効率光電変換を達成する目玉技術として、我々はマルチバンドセルに着目し、精力的な研究開発を行っている。これは、ホスト材料のpn層間に半導体量子ドットを規則正しく密に配置することで、ホスト材料間に第3のバンドを形成し、ホスト材料では吸収できない長波長の光子からも2段階吸収により光電変換を行うものである。この光電変換機構を達成するためには、量子ドットの結晶成長技術が鍵を握るため、制御性の良い分子線エピタキシーを用いて高密度InAs量子ドットの規則配列を追究している。また、比較的少数の量子ドットでも効率的に光電変換を行うため、金属ナノ構造がもたらす局在プラズモンの効果をマルチバンド太陽電池に取り入れるべく、基礎的な検討を行っている。
また、V−V族半導体を用いた超高効率太陽電池と組み合わせて変換効率の積み増しに資する光電変換材料の開発も進めている。
半導体表面に化学結合し、光吸収により生成した電子を直接半導体の伝導帯に注入できる界面電荷移動遷移型錯体は、分子構造の設計によりその吸収スペクトルを自在に長波長側へ拡張できるため、半導体が吸収できなかった長波長の光子を取りこぼさずに吸収して半導体にキャリアを受け渡すことにより、さらなる光電変換効率の向上に資することが期待されている。
これらの研究テーマのなかから、最近の成果をいくつか簡単に紹介したい。
3.1逆方向メタモルフィック成長による多接合セルの高効率化
シャープは、多接合セルの結晶成長過程において、従来とは逆向き、すなわちトップセルからボトムセルに向けて結晶成長を行った。基板上に成長した結晶層は、最後に剥離し、裏返してサポート基板に載せられる(図3)。この成長法により、InGaP/GaAs/InGaAsという新たな3接合系を形成し、セル間の電流バランスの改善により、非集光下の変換効率としては世界最高記録である35.8%を達成した。本手法では、結晶成長の最終段階であるInGaAsが下地のGaAsよりも大きな格子定数を持つため、転位の導入による結晶品位の劣化を最小限に抑えつつ成長するメタモルフィック成長が高効率化達成の鍵を握っている。
3.2量子構造の挿入による多接合セルの高効率化
多接合セルにおいて、セル間の格子整合を維持したまま電流バランスを改善し、高効率化を図るためには、図4に示すように、現在のGaAs中間セルに代わり希薄窒素を含むGaInNAsバルク結晶や、量子井戸あるいは量子ドットを含む量子構造セルを導入する必要がある。
InGaAsの中に窒素を数%取り込んだGaInNAsバルク結晶は、GaAsと格子整合を保ったままバンドギャップを狭窄化できるため、多接合セルの電流バランス改善にはうってつけの材料である。しかし、原子サイズの小さい窒素を格子中に取り込む際に窒素が所望の格子位置に入りにくく、各種結晶欠陥を生じるため、太陽電池にとって致命的であるキャリア拡散長の低下を招くことが実用化の障害となってきた。東大・岡田グループは、結晶成長の環境を制御しやすい分子線エピタキシー法に、原子状水素の照射とSb原子の微量導入を組み合わせることで、バンド端を1.0eVまで長波長化し、かつGaAsに匹敵する量子効率を有するGaInNAs結晶を成長することに成功した。太陽電池の量産に用いられる有機金属気相成長法に本技術を移植するにはさらに研究開発が必要であるが、効率48%の多接合太陽電池の実現に向けた大きな一歩である。
量子構造セルは、長波長光を吸収するための格子が大きな結晶であるInAsあるいはInGaAsを、格子緩和しないようにナノサイズにして結晶中に分散させ、格子の小さな材料(障壁層)で囲って歪み補償した構造を利用したセルである。現在のところ、分子線エピタキシーで、希薄窒素を含むGaNAsを障壁層にしたInAsドットアレイを作製し、バンド端
1.1eVでGaAsと同等の量子効率を達成している(東大・岡田グループ)。また、現在多接合セルの製造に用いられている有機金属気相成長を用いたアプローチとして、従来半導体光デバイスに用いられてきた高信頼性材料であるInGaAs/GaAsPを用いた歪み補償量子井戸(図5)により、バンド端1.1eVでGaAsの半分程度の量子効率を達成している(東大・中野グループ)。本成果は、製造プロセスの互換性の高さから、多接合セルの高効率化にすぐに貢献できる技術であるといえる。
3.3窒化物半導体を用いた多接合セルへのアプローチ
紫外域にバンドギャップ を持つ GaNと、赤外域にバンドギャップを持つInNの混晶であるInGaNは、In組成の調整により全可視光領域をカバーできるため、多接合太陽電池の材料として理想的であると言われている(ただし、結晶の格子定数もバンドギャップと同時に変化するため結晶成長には多くの困難を伴う)。InGaN太陽電池実用化の鍵は、高In組成のInGaNで、いかに結晶欠陥の少ないpn接合を作製できるかにある。この障壁に、世界最高峰のInGaN有機金属気相成長技術を持つ名古屋大・天野浩教授グループが挑んでいる。彼らは、発光ダイオード(LED)の研究開発で培った高品位InGaN成長技術をもとに、すでに世界最高効率のInGaN接合太陽電池を実現している。また、東大・藤岡洋教授グループは、低温で大面積にInGaNを成長できる独自製膜技術であるパルススパッタリング法を開発し、InGaN太陽電池の作製に成功している。この技術は、安価な大面積金属基板上にInGaN多接合太陽電池の作製を将来可能にする、次世代の太陽電池製造技術である。
3.4量子ドットマルチバンドセルへのアプローチ
マルチバンド光電変換を達成するためには、量子ドット内部に形成される量子準位が薄い障壁層を挟んで結合し、多数の量子ドット準位からなる結合準位(ミニバンド)が形成される必要がある。これを達成するためには、サイズが均一な量子ドットが高密度に存在し、量子ドットを隔てる障壁層は結合準位を形成するのに十分薄く、しかも量子ドットの位置が良く制御され、隣接する量子ドット間の距離が等しく配置される必要がある。このような「量子ドット超格子」を、ボトムアップ技術である半導体結晶成長を用いて形成するには極めて高度な技術を要するため、世界中の研究者が激しい研究開発競争を繰り広げているところである。
こうした状況のもと、東大・岡田グループと電通大・山口浩一教授グループは、制御性に優れた分子線エピタキシーを用い、高度な格子の歪み制御、Sbの微量導入などの技術を駆使することで、サイズ揺らぎ8%以下、面内密度1011cm−2以上、積層間隔15nmのInAs量子ドット超格子を作製することに成功した(図6)。この構造は、ミニバンドの形成に十分な条件を満たしていると考えられ、現在マルチバンド光電変換動作の実証に取り組んでいるところである。
Solar Questが発足して2年が経過したところであるが、我が国有数の研究グループを集結して革新的高効率太陽電池の研究開発を強力に推進するという当初目的どおり、すでに国際的に注目される研究拠点となりつつある。米国、欧州の太陽光発電に関する研究開発は加速し続けており、本拠点のターゲットである多接合や「第3世代」と呼ばれる次世代型太陽電池の分野には、従来半導体光デバイスを研究してきた著名な研究者や意欲に燃えた優秀な若手研究者が参入している。本拠点では、各種国際会議の場を利用して、このような世界中の研究機関とトップデータを競いあって国際的なプレゼンスを確たるものにするとともに、顕著な成果を上げている研究機関と連携し、研究者の交換・派遣などにより革新的太陽光発電技術の発展に向けた国際連携を推進している。
科学技術推進の核となるのは、つねに意欲と能力に満ちた人材である。若手研究者はもちろん、エネルギー問題の解決を目指した学生が次々と本拠点の門を叩き、世界を舞台に活躍できる人材として育っていくことが本拠点の真の目的であると言っても過言ではない。
<中野義昭:東京大学先端科学技術研究センター>