はじめに
地球温暖化の問題を筆頭として、今や世界的規模で地球環境・エネルギー問題に大きな関心が寄せられるようになっている。住宅用太陽光発電システムの導入補助金の復活、昨年11月から開始された固定価格による電力買い取り制度など、国内でも太陽光発電の普及に追い風となるニュースに事欠かない。各種の再生可能エネルギーの研究開発が世界各国で盛んになっているが、なかでも地球上に万遍なく降り注ぐエネルギーを用いる太陽光発電に対する期待は大きい。
昨今の太陽光発電市場の急速な成長とともに、多くの装置メーカー、部材メーカーが太陽光発電をビジネスチャンスとして捉えている。太陽電池セルあるいは太陽電池モジュールには数多くの部材が使われているが、半導体やフラットパネルディスプレイ用の部材を製造していたメーカーの多くは、技術的な共通点も見られる太陽電池用の部材への参入に積極的である。
一方で、部材メーカーの大半は太陽電池に関する知識や経験が豊富でなく、また、自社で太陽電池を作製する設備も持ち合わせていないことが多い。従って、太陽電池にとって有益であることが予想される材料を開発できたとしても、その有効性を確認できる場がないのである。個別の太陽電池メーカーとの連携も一部では行われているものの、太陽電池メーカーの多くが様々な部材について有効性を確認している時間的余裕もなく、また部材メーカーにとっても、特定の太陽電池メーカーとの協業は、他の太陽電池メーカーへの販売に制約を受けるなど、必ずしも得策ではないこともある。従って、部材メーカーが太陽電池セルやモジュールを試作し、自社の部材の有効性を検証でき、部材開発にフィードバックできるような試作ラインを公的機関に設置することが強く求められている。
このような例の1つは、ドイツFraunhofer ISEのPV−TECであるが、日本でも産業技術総合研究所(以下、産総研)がこのような業界の要望に応えるべきではないかと考える。
ただし、研究機関としての立場を考えるならば、部材メーカーへの単なる試作ラインの貸し出しに終わっては、その役割を十分に果たせたとは言えない。プラットフォームとして試作ラインを持つことは重要であるが、要はその試作ラインを用いて何をするかがさらに重要である。
単に試作ラインを用いて太陽電池セルやモジュールを作るだけではなく、産総研の太陽電池に関する技術とメーカーの部材に関する技術を融合し、新しい要素技術を開発することこそが、諸外国に対する日本の技術的優位性を維持していくためにも極めて重要であると考える。
この目的を達成するためには、産総研と民間企業1社の間で共同研究を実施するよりも、産総研と複数の民間企業がコンソーシアム形式で集中的に研究開発を実施する方が、より効果的であると考えられる。おのずと参加する民間企業は似たような業種が多く、いわば呉越同舟のコンソーシアムとなる。
しかしながら、コンソーシアムに参画するメリットの方が、単独で開発するリスクよりも大きければ、その運営はさほど困難なものではない。コンソーシアムに参画するもう1つの大きなメリットは、産総研に派遣された研究員が、競合他社の研究員と同じ装置を使って実験し、同じ居室で様々な議論を行うことにより、単なる学会参加では得られないような人的ネットワークを構築できることである。
もちろん、部材メーカーから派遣される研究員にとって、太陽電池を自ら作製・評価し、様々な知見を得ることがOJTを通じた人材育成の基本ではあるが、人的ネットワークの構築も大きな財産になることは言うまでもない。
以下に、太陽光発電研究センターで実施中の「フレキシブル太陽電池基材コンソーシアム」ならびに「高信頼性太陽電池モジュール開発・評価コンソーシアム」について紹介する。
フレキシブル太陽電池基材 コンソーシアム
太陽光発電研究センターでは、2005年度下期から産学官連携体制でのコンソーシアム研究を計画した。このときは、センター側では特段のテーマは掲げず、太陽電池の材料技術、プロセス技術、デバイス技術から太陽光発電システムに至るまで、センターが有する要素技術を幅広く3度の説明会で提示した。
説明会後に個別に多くの企業と面談を行った結果、太陽電池用フレキシブル基材の高度化に関して研究を実施するコンソーシアムの設立が決まった。
第1期は2006年6月〜2008年3月で、石川島播磨重工業(期間中にIHIに社名変更)、石川製作所、きもと、帝人デュポンフィルム、筒中プラスチック工業(期間中に住友ベークライトと合併)、日本合成化学工業、三菱瓦斯化学、麗光(五十音順)の8社が参画し、石川県工業試験場と太陽電池メーカー1社がオブザーバーとして加わった。
第2期は2008年4月〜2010年3月で、有沢製作所、きもと、住友ベークライト、帝人デュポンフィルム、東芝機械、日本合成化学工業、三菱瓦斯化学(50音順)の7社が参画し、太陽電池メーカー1社がオブザーバーとして加わった。
現在は、きもと、帝人デュポンフィルム、東芝機械、日本合成化学工業、三菱瓦斯化学(50音順)の5社でテーマを絞って実用化を加速する段階の研究に取り組んでいる。このコンソーシアムでは、企業から産総研に研究員を派遣する集中研方式とした。コンソーシアムで生じた知的財産については、発明者の所属する機関が出願人になり、その持分比率は寄与度に応じるものとしたが、出願人とはならない企業も実施料を支払えば当該知的財産を実施できるものとして、コンソーシアム参画の動機付けの1つとした。また、コンソーシアムで得られた研究成果は、特許出願後に速やかに公開することを基本とした。
このコンソーシアムは民間資金で運営されているものの、研究に使用している装置の大半はコンソーシアム設立以前に産総研の研究費で購入されたものであり、研究に適用しているノウハウ等も産総研で従来から開発してきたものである。
また、民間企業からの共同研究費と同額を上限として、いわゆるマッチングファンドが産総研から支給されている。
このような事情を鑑み、国立研究所としての使命を果たすためにも研究成果は積極的に公開しているところである。このような研究成果の公開を通じて、研究員が学会で発表したり、論文を執筆したりすることも、若手人材育成の観点から有益と考えている。
このコンソーシアムでは、薄膜シリコン系太陽電池の光閉込めに適したテクスチャをポリマー基材そのものに形成することを基本技術とした。このことによって、透明導電膜にテクスチャを持たせなくともよくなるので、製膜条件が緩和し、耐熱性の低いポリマー基材に適したプロセスになると考えられるからである。具体的には、ポリエチレンナフタレート(PEN)フィルムやポリイミド(PI)フイルム上に、旭硝子製透明導電膜付きガラスAsahi−Uの表面形状を転写した紫外光硬化型アクリル樹脂を張り付けた基材を開発した(図1)。アクリル樹脂の透明性を生かし、PEN基材上にはスーパーストレート型アモルファスシリコン太陽電池を作製した。試作段階ではあるものの、レーザスクライブにより直列集積構造も作製した。PEN基材ならびにPI基材上に作製したサブストレート型アモルファスシリコン太陽電池では、Asahi−U上に作製した場合と同等の特性が得られた(表1)。このような基材はナノインプリント技術を用いて、生産性の高いロールツーロール方式で作製することもできる(図2)。コンソーシアムの研究成果等で、参画企業の東芝機械がnano tech 2009国際ナノテクノロジー総合展・技術会議で、nano tech大賞微細加工技術部門賞を受賞した。また、対候性の高いフレキシブル太陽電池用基材の作製を目的に、ポリマー基材へのバリア膜形成についても本コンソーシアムで研究した。部材メーカーへの導入を容易にするために、化学気相成長による窒化シリコン系バリア膜の原料ガスにモノシランを使わないことを目標とした。ヘキサメチルジシランを原料ガスに用いた場合でも、PENフィルム上に堆積速度40nm/minで形成したバリア膜において、水蒸気透過率0.02 g/m2dayを達成した。
このコンソーシアムは、太陽光発電研究センターでテーマを設定して参加企業を募る形で設立準備を進めた。数年前から、太陽電池モジュール用部材を検討しているメーカーから、新規開発した部材の太陽電池モジュールへの適合性を検証可能な試作に関する要望が数多く寄せられるようになった。太陽電池モジュールの寿命を決めている支配的要因は、太陽電池セルそのものよりも太陽電池モジュール周辺部材であることが多いからである(図3)。そのような要望に応えるためにも、太陽電池の高信頼性、長寿命化に資するモジュール部材ならびに構造を開発するとともに、長期屋外曝露試験結果と対比することにより、モジュールの信頼性を正確に推定できる試験法そのものを開発することを目的としたコンソーシアムの設立を目指すこととした。
太陽電池モジュールの信頼性は、設置者にとって発電コストに直結する重要な判断基準であるにも関わらず、信頼性を推定する試験法は十分に確立しているとは言い難い。初期の太陽電池特性が同等であったとしても、長期信頼性が不明確であれば、設置者は初期投資の少ない安価な太陽電池モジュールを選ぶことになりがちである。
日本の太陽電池モジュールは故障率が少ないことが経験的に知られているが、そのことを科学的根拠をもって可視化することは、中国等のアジアの新興国が生産量を急激に拡大している中、日本の太陽光発電産業を支援する上でも極めて重要な課題である。
本コンソーシアムに関しては、2009年2月に東京と福岡で説明会を開催したところ、部材メーカーを中心として計350人以上の参加者があり、太陽電池モジュールの信頼性や寿命を向上させるための部材に大きな注目が集まっていることが改めて認識された。このコンソーシアムでは、太陽光発電技術研究組合とも緊密な連携をとりながら実施することも大きな特徴である。
コンソーシアム第1期は平成21年10月〜平成23年3月までの1年半の期間で実施中である。参加企業は部材メーカー中心の33社であるが、太陽光発電技術研究組合と連携することにより、部材に対するモジュールメーカーの要望を正しく反映させながらコンソーシアムを運営できるとともに、モジュールメーカーと部材メーカーとの間の人的ネットワークの構築にも資することができる(表2)。
このコンソーシアムでは、結晶シリコン系太陽電池、薄膜シリコン系太陽電池、CIGS化合物薄膜系太陽電池を取り扱う。色素増感系太陽電池や有機薄膜系太陽電池では、長寿命化のために封止技術が重要であり、技術的な共通点もあるものの、有機系太陽電池と無機系太陽電池では封止に要求されるレベルが異なることと、実用化までのフェーズに差異があると考えられることから、混乱を避けるためにも無機系太陽電池に特化することにした。扱う部材は、充填封止材とバックシートを中心に配線材やシール材等多岐にわたる。また、安価で安全なモジュールの設置方法についても研究の対象とする。モジュールの構造については、バックシートを用いる従来からのタイプのみならずダブルガラスタイプも検討する。また、ガラスを用いたモジュールのみならず、フレキシブルモジュールも検討対象とする。
本コンソーシアムでは、太陽電池の種類やモジュールの構造、あるいは求められる寿命によって、部材にはどの程度の特性が要求されるかを明確にすることも目標の1つとしている。例えば、受光面側に酸化亜鉛を用いているCIGSフレキシブル太陽電池モジュールでは、フロントシートに高い水蒸気バリア性能が求められることが予想されるが、恐らくその値は薄膜シリコンフレキシブル太陽電池モジュールで求められる値と異なるはずである。このように部材に求められる特性を科学的に明らかにしていくことで、オーバースペックな部材を使用することによるコストの上昇や、逆にスペックを満たさない部材を使用することによる不具合の発生を抑止することが可能になると考えられる。さらに、新たに開発する加速試験方法については、国際的な規格に反映させていくことも考えている。
このような研究を実施するために、産総研つくばセンターには50cm角以下の小面積モジュールに対応した試作ラインを構築し、様々な材料に対して臨機応変に試験可能な設備を整えた。小面積モジュールで有効性が確認された部材どうしの組み合わせにより、信頼性の一層高い太陽電池モジュールを実現していく。
産総研九州センターには市販サイズの1.5m程度の大きさの大面積モジュールに対応した試作ラインを構築する。大面積モジュールを試作し、長期曝露試験も実施することにより部材の実用化を加速するとともに、接続用配線への機械的応力の影響等、大面積モジュールを試作して初めて発現する問題の解決にも努める(図4)。
まとめ
太陽光発電の技術開発には、材料、プロセス、デバイス、モジュールからシステムに至るまで、幅広い分野の知識の融合が必要である。また、太陽光発電の分野ではサンシャイン計画当初から緊密な産学官連携活動が展開され、今日の産業として花開いたことは周知のとおりであるが、太陽光発電産業の一層の発展のためにも、異なる分野の連携による技術開発がこれまで以上に重要になることは言うまでもない。さらには、産学官連携活動でのOJTを通じて、民間企業の研究員やポスドク、学生といった若手人材を育成することが、産業の継続的発展のために、技術開発と同等以上に重要である。
産総研・太陽光発電研究センターで実施している産学官連携コンソーシアム型共同研究の取り組みが、新規技術開発・技術移転と人材育成の双方に資することができるよう、コンソーシアムの運営に鋭意取り組んでいる。
<増田 淳:(独)産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター 産業化戦略チーム>