NEDO特別寄稿(第15回)

「ナノテクへの早期実用化」を支援
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はじめに

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)では、エネルギー・環境問題の解決および産業競争力の強化を目的に、研究開発マネジメントに取り組んでいる。中でもNEDOナノテクノロジー・材料技術開発部(以下、NEDOナノ材料部)では、ナノテクノロジーの基盤研究の成果をより早期に社会的な成果につなげるために、出口(製品)を明確にした実用化指向のプロジェクトを行っている。

  そのひとつが、一般の研究者から研究開発テーマを募集する提案公募型事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発(ナノテクチャレンジ)」である。

  前号ではナノテクチャレンジの制度内容を中心に紹介したが、本号では来月から始まる平成22年度公募スケジュールや、現在ナノテクチャレンジで実施中のエレクトロニクス関連テーマなどを紹介する。


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【ナノテクで産業競争力強化へ】
 NEDOナノ材料部では、大学・企業等の優れたナノテクノロジーを速やかに実用化するために、川上(大学、材料メーカー等)と川下(製品メーカー等)の垂直連携体制(シーズとニーズの連携)を応募条件としたナノテクチャレンジを推進している。ナノテクチャレンジではナノテクノロジーを活用し、テーマ終了後3〜5年で実用化につながるテーマを支援している(図1)。

  この事業の設計者の一人である、(独)理化学研究所 イノベーション推進センター特別顧問の丸山瑛一氏は、「ナノテクノロジーは、なかなか実用化に結びつきにくい面がある一方で、様々な産業にイノベーションを引き起こす革新的基盤技術であり、継続的に支援していく必要がある。そしてナノテクノロジーを使ったイノベーションを引き起こすためには、社会においてどのように使われるかをイメージし、そのシステム化までを念頭に置いた研究開発が有効だろう。このような観点からナノテクチャレンジは、ナノテクノロジーの普及・振興に対して重要な施策の1つと考えている」と語る。

  平成22年度の公募期間は6月11日〜7月26日正午までとなっている(図2)。我が国の産業競争力強化につながる有望な研究テーマを、幅広い分野からご提案いただければ幸いである。

  これまでにナノテクチャレンジからは多くの成果が生まれているが、前号に引き続き本号でも特にエレクトロニクス分野への波及効果が期待されるテーマを紹介する。

【DLC層と半導体単結晶膜との分子間力接合を使ったLEDプリントヘッドの開発】
・事業年度:平成19〜21年度
・実施機関:(株)沖デジタルイメージング/(株)ユーテック/(株)クリスタル光学
・ステージ:U

  高精細・高速カラープリンタはオフィスにおいて必要不可欠な機器であり、その市場は年々成長している。近年、高精細化・高速化・小型化というユーザーからの期待に応えるために、LED方式のプリンタが注目されている。

  このテーマではナノ領域でしか起こらない分子間力を使って、LEDと高放熱構造基板とを接合した革新的な構造を持つ、次世代LEDプリントヘッドを開発している。

  高精細・高速・小型のLEDプリントヘッドを実現するためには、高密度に集積されたLEDの放熱性を高めることが重要である。従来のLEDプリントヘッドは、ガラスエポキシを主材料とするプリント配線基板上に、接着ペーストを使ってLEDアレイチップを実装していたため、熱伝導の観点からLED電流や集積密度を高められないという課題があった。放熱性を向上させるためには、発熱源であるLEDの発光領域を高熱伝導基板に近接させることが必要である。

  このテーマでは、表面を1nmレベルまで平坦加工を行った高熱伝導基板上に、高熱伝導のDLC(DiamondマイナスLike Carbon)でナノ平坦表面を形成し、DLCの表面上に働く「分子間力」を利用してLEDアレイチップを直接接合した(図3)。

  このため、従来構造に比べ大幅な放熱性の向上が期待できる。

  これまでに、従来のLEDアレイと比較して温度上昇を1/5以下に低減させ、2倍以上の発光出力を得ることに成功している(図4)。

  さらに、従来構造の2倍の集積密度のA4サイズ1200dpi(dot per inch)プリントヘッドを実現している。

  ナノ光学表面創成メーカーの(株)クリスタル光学が分子間力接合に適した高熱伝導基板表面のナノ平坦・超精密表面加工技術、真空装置メーカーの(株)ユーテックが高熱伝導金属基板との密着性に優れた高品質のDLC薄膜形成技術、電子情報機器部品メーカーの(株)沖デジタルイメージングがDLC薄膜と単結晶薄膜との分子間力接合技術およびLEDプリントヘッド技術を担当している(図5)。

  このテーマは平成22年3月末で終了した。今後、3社の協力により次世代のLEDプリントヘッドの実用化に向けた開発を継続する。さらに、各社とも、このテーマで開発した技術を主要事業分野に応用し、実用化を目指す。このテーマで開発した技術はプリンタ産業だけでなく、半導体デバイスやMEMS、照明などの様々な分野への波及効果も期待される。

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【ナノシリコンによる広帯域デジタル音源の開発】
・事業年度:平成21〜23年度
・実施機関:(株)カンタム14/東京農工大学/(株)メムス・コア
・ステージ:T

  このテーマでは、熱誘起型ナノシリコン音波放出の特徴を生かし、デジタル駆動に基づく広帯域・小型・薄型の音源開発をめざす。

 電子や光の情報を扱う入出力デバイス・機器・システムの分野では、技術的必然性をもってデジタル化が進展してきたが、スピーカにはそれが及んでいない。その理由は、機械振動を基本とする圧電型および電動型スピーカでは周波数応答に制約があり、デジタル駆動には本質的に適さないためである。また今後のスピーカには、広帯域化・小型化・薄型化の並立が求められるが、この点についても従来方式では対応がむずかしい。

  このような状況に対応するため、このテーマではデバイス原理そのものを含めて、音源および駆動技術の革新を図ろうとするものである。

  機械振動を疎密波に変換する従来の音源に対して、このテーマの素子では、ナノシリコン層の熱伝導率が単結晶シリコンに比べて極端に低下することを利用し、機械振動のない熱音響変換によって音圧を発生する。音源は、表面薄膜ヒータ/ナノシリコン層/シリコンウエハー基板、の3層構造からなる(図6)。表面薄膜ヒータに電気入力q(ω)を投入して温度ゆらぎを誘起すると、ナノシリコン層の高い熱絶縁性により、表面温度の変動は効率よく表面近傍の空気に熱伝達されて空気の膨張・圧縮を生じ、疎密波すなわち音響出力が発生する。この時、熱変動のみが音圧になり、直流的なゆっくりした温度変化は熱拡散長が長いため基板側に散逸する。

  本方式の特性を圧電型と比較して表1に示す。最も特徴的な点は、断熱した固体表面と空気との熱交換が非常に速いため、音圧出力の周波数特性が広範囲にわたって平坦なことである。そのため、従来の音源では難しいインパルス駆動が容易に適用でき、短時間のパルス入力に対しても、残響のない理想的な音響出力が得られる。試作素子の例を図7に示す。このテーマでは、ナノシリコンの加工技術を持つ東京農工大学発ベンチャー企業の(株)カンタム14が広帯域(100ヘルツ〜100kヘルツ)熱音響素子の開発とその小型化を担当する。また、東京農工大学が素子のデジタル駆動による高出力化を担当し、MEMS製造のノウハウを持つ東北大学発ベンチャー企業の(株)メムス・コアが熱音響素子の作製プロセス技術の開発を担当している。このような産学連携体制のもと、大学の優れた成果の早期実用化を目指して研究開発を進めている。

  広帯域・小型・薄型の要件を同時に満たしたデジタルスピーカの開発は、長い歴史をもつ音源技術に大きな飛躍をもたらし、携帯電話などの情報端末・機器をはじめ、幅広い分野に波及するであろう。
 
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【ハイブリッドナノカーボン電極による水系電気化学スーパーキャパシタの開発】
・事業年度:平成20〜23年度
・実施機関:大分大学/(独)産業技術総合研究所/東洋炭素(株)/NECトーキン(株) 
・ステージ:T

  携帯電話をはじめとするモバイル情報家電では、情報量の増大や高機能化によって消費電力が増大し、二次電池電源とキャパシタを組み合わせたパワーマネジメントが必要不可欠となっている。これらに使用されるキャパシタの電解液には有機系と水系の2通りがあるが、有機系の電解液を使用するキャパシタは高価という難点がある。一方、水系キャパシタは、高いパワー密度に加え、安全、長寿命、低コストで製造可能という特徴を併せ持っており、高速充放電が可能な小型蓄電デバイスとしては水系キャパシタが最適と考えられている。しかし、既存の水系キャパシタでは、エネルギー密度(蓄電容量)が低いため、実用化に向けては電極材料開発においてブレークスルーが必要とされている。

  そこで、このテーマでは、ナノテクによる新素材を電極材料とすることによって、水系キャパシタの容量を大きく改善することを目指している。今回、大分大学で開発された膨張化炭素繊維と、(独)産業技術総合研究所で開発された窒素ドープカーボンによるハイブリッドナノカーボン材料により、従来の水系キャパシタ電極に使用されていた活性炭を凌駕する飛躍的な高エネルギー密度を持つ電極を創製し、パワーマネージメントに適した従来にない水系小型高性能キャパシタの商品化を目指している。

  これまでに、炭素繊維のサブマイクロからナノサイズまでの微細化を試み、得られた微小炭素繊維(Exfoliated Carbon Fibers: ExCFs)(図8)を用いて、水系電解液中でキャパシタ容量を評価したところ、従来の活性炭電極の200〜300F/gを大きく超える500 F/gを得ることができた。

  また、炭素の六角網面内に電気化学的に活性な窒素官能部位を導入することにより、ベンズイミダゾベンゾフェナントロリンラダーポリマー(BBLポリマー)(図9)と呼ばれる高分子を合成し、これを電極に用いたキャパシタでは、608F/gの高容量を得た。また量産化技術も検討を行っており、キログラムオーダーの熱処理に成功した。なお、この量産技術を用いて作製されたキャパシタの初期容量は、現行活性炭レベル以上であることが確認されている。

  このテーマでは、炭素繊維の電気化学処理によるナノサイズまでの微細化を初めて成功させた大分大学、キャパシタ用炭素電極に窒素をドープすることにより、高容量が得られることを初めて見いだした(独)産業技術総合研究所、炭素材料の専業メーカーで、電極等の生産実績のある東洋炭素(株)、水系キャパシタを唯一製造販売するNECトーキン(株)が、互いの得意とする分野を生かし、共同で研究に取り組んでいる。そして、従来にない水系小型高性能キャパシタ用電極の開発と製造、およびそれを利用した10Wh/Lレベルの高性能水系キャパシタ(図10)の商品化を目指している。大容量水系キャパシタが実現できれば、ピークアシストを必要とする産業・インフラ機器にも広く使われると見込まれ、市場も大きく広がると考えられている。

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<半沢弘毅、安井あい:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテクノロジー・材料技術開発部>