NEDO特別寄稿(第12回)

異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクトについて
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はじめに

 日本の製造業は、強力な競争力を有する製造業を柱に成長してきたが、情報ネットワーク技術の進展や経済のグローバル化によって、激しい国際競争にさらされており、さらに少子高齢化による技術伝承の困難さ、地球環境問題への対応等、様々な課題に直面している。

  このような中で、製造業が我が国の産業競争力を支えていくためには、新たな製造技術の開発により、新しい産業を創出し、製造業での高付加価値化をさらに進めることが必要である。そのためには、これまでの縦割りの技術の深耕ではなく、様々な分野の技術、科学的知見を融合した新しい製造技術を創り上げていくことが必要になる。

  そこで、現在、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)技術を飛躍的に発展させ、未来社会の「環境・エネルギー」、「医療・福祉」、「安全・安心」分野で新しいライフスタイルを創出する異分野融合型次世代デバイスを創出するための製造技術開発を進めている(図1)。

  本稿では、この、現在NEDOが推進している「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト(通称「BEANSプロジェクト」(BEANS:Bio Electroマイナスmechanical Autonomous Nano Systems ))」(以下「本プロジェクト」)の詳細を紹介する。

  本プロジェクトは、MEMS製造技術とナノ・バイオ等異分野技術の融合による新たな共通基盤製造技術を開発している。

  また、これらの技術開発を通じて得られた共通基盤製造技術についての知識をまとめ、データベースを整備していく。
  以下、それぞれの研究テーマを順次紹介する。


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研究項目1「バイオ・有機材料融合プロセス技術の開発」
 健康・医療・環境分野で、将来必要とされている次世代デバイスとして、常に健康管理をするための体内埋め込みデバイス、超高感度診断デバイス、環境エネルギー有効活用のためのエネルギーハーベスティングデバイス(熱、振動、光など周囲の環境にあるエネルギーを電気に変換するデバイス)などが挙げられている。

  これらのデバイス開発には、高感度・高効率、生体・環境適合などの機能やメカニズムを実現する必要がある。このためには、従来のシリコンを中心とする無機材料に加え、生体分子、細胞、組織、微生物や合成有機分子などのバイオ・有機材料の持つ特異的な機能を生かす融合プロセスの研究開発が不可欠である。

  具体的には、各種材料の融合の際に、それぞれの優れた機能を発揮させるため、界面およびナノギャップにおける制御プロセス技術が必要である。

  また、デバイスとして機能させるためには、バイオ・有機材料を体内などの使用環境において、長期間安定させるためのプロセス開発が必要である。さらに、人工細胞・組織や高効率エネルギーハーベスティングを実現するために、同種または異種のバイオ・有機材料を高次構造化させるプロセスの開発が不可欠である。

  具体的には、微小器官や細胞の3次元へテロ組織化(内臓器官のように細胞ひとつひとつの配列が階層化された構造)、有機材料のナノピラー構造(ナノメートルのオーダーで作製した柱構造)やナノポーラス構造(直径がナノメートルオーダーの穴がたくさん開いている構造)を形成するプロセスなどである。

  (1)ナノ界面融合プロセス技術
  将来の埋め込みデバイスや超高感度分子計測デバイスを創出するために、脂質膜やハイドロゲル(線状高分子を架橋することによってできる高分子網目が多量の水により膨潤した状態で固化した物質)などがデバイス内で長期間安定して機能し、生体計測を続けられる界面の形成プロセス技術を開発している。

  具体的には、バイオ・有機材料特有の生体適合性(材料が組織や血液との相互作用を引き起こさない性質)、特異的分子認識能(抗原が抗体を認識できるように、タンパク質などの分子は特定の分子を選択的に認識できること)、高効率エネルギーハーベスティングなどの機能をデバイスで最大限活用するために、材料の極性(電荷の偏りの度合い)、親和性(ある物質が他の物質と容易に結合する性質や傾向)を制御することで、材料の配向(分子や結晶の向きがそろっていること)や選択的配置、固定化、高密度に被覆を実現する界面制御プロセスを開発している。また、生体適合性の高いハイドロゲルや人工脂質2重膜(細胞は細胞膜という脂質の2重膜からできており、水に浮かべた油のイメージ)などの材料の長期間安定形成プロセスを研究している(図2)。

  (2)バイオ・有機高次構造形成プロセス技術
  人工の生体組織、高性能有機半導体など、バイオ・有機材料を構造化することで高次の機能を発現するプロセスを研究している。

 具体的には、異なる種類の細胞を階層的に配置した均一直径のカプセルを3次元の鋳型に入れ、培養することでカプセル同士をつなぎ、生きたまま立体構造を形成する技術の研究を進めている。さらに、これらプロセス技術の再現性、均一性への技術指針を得るための研究も進めている(図3)。

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研究項目2「3次元ナノ構造形成プロセス技術の開発」
 安全・安心・健康な社会を実現するためには、効果的なセンサーネットワークを構築する必要がある。そのためには、センサーの感度向上、省電力化、自立電源化、高い耐環境性が重要となる。さらに、効率的に広域を観測するためには、センサーネットワークを拡大し、宇宙空間から観測網を実現することが重要である。そのための基盤技術として、シリコン等の3次元構造にナノ構造材料を集積し、シリコンのみでは得られない機能を発現させる必要がある。

  これら3次元ナノ構造そのものや、ナノ構造によって実現できる超高感度センシング、高密度エネルギー貯蔵・変換、複雑な3次元アクチュエーション(エネルギーを動力源として精密に動作すること)などの機能をMEMSに集積することで、革新的次世代デバイスを創出できる。

  これらのデバイスを製造するためには、高アスペクト比(穴径・溝幅と深さの比率)・高密度の複雑な3次元ナノ構造を形成する革新的構造形成技術、およびトップダウン手法(シリコンなどの表面を削って、微小な溝とか穴などを形成する方法)により形成された構造に、ナノ粒子等のナノ材料の自己組織化を利用したボトムアップ手法(シリコンなどの表面に何かを積み上げて微細構造を形成する方法)により形成された構造を組み合わせたりする技術が必要である。

  さらに、これらの革新的デバイスを実現するためには、微細な構造の表面物理・化学の理解が重要である。例えば、原子層レベルでの表面平滑性は、電子移動度や励起子輸送特性(クーロン引力の相互作用により結びついている電子・正孔対の動く様子)の向上などに寄与する。

  一方、これらの複雑な構造形成するためには、超低損傷で十分なスループット(単位時間あたりのプロセス処理能力)で製造する技術、必要とされるところに選択的にナノ材料を自己組織化(他からの制御なしに自分自身で組織や構造をつくり出す性質)させるプロセス技術の確立が必要である(図4)。

  (1)超低損傷・高密度3次元ナノ構造形成技術
  原子層レベルで平坦なエッチング技術と、従来のMEMS技術では不可能であった複雑な3次元ナノ構造を形成できる技術を開発している。材料はシリコンをはじめ、発光デバイス材料の化合物半導体や誘電材料・光学材料などにも適用していく。さらに、大規模3次元構造のウエハーレベルでの作製が可能な高速化したプロセスや、ウエハー面内の均一性を確保するための技術も開発する。

  (2)異種機能集積3次元ナノ構造形成技術
  ナノトライボロジー(ナノレベルの大きさにおける摩擦学)、改質(イオンやレーザーなどを用いて基材の性質を変化させること)など、表面の物理・化学的性質を評価・制御してナノ粒子を規則的に配列する技術を開発している。また、成膜プロセスにおいて自己組織化的に形成する技術も開発している。

  高アスペクト比3次元ナノ構造を形成するために、3次元ナノ構造深部まで原料を供給し、かつ界面張力による微細構造のスティッキング(微細な構造体が基板や他の構造体に付着してしまう現象)を防止するコーティング技術や、成膜技術を開発している。

  (3)宇宙適用3次元ナノ構造形成技術
  宇宙空間からのマルチバンド(複数の波長帯)観測に必要なフィルターに、複数の波長の光を選択的に透過させることのできる複数の構造パターンを有する3次元ナノ構造を形成する技術を開発している。具体的には、2つの波長透過率選択性を有する赤外透過フィルターを、複数の構造パターンを有する3次元ナノ構造で実現するため、3次元構造表面に均一にナノ構造を転写形成する技術を開発している。

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研究項目3「マイクロ・ナノ構造大面積・連続製造プロセス技術の開発」
 環境・エネルギー、健康・医療分野では、メーター級大面積エネルギーハーベスティングデバイスの大幅な低コスト化や高機能化も期待されている。また、ウェアラブル発電(身に付けた状態で体温などのエネルギーを利用して発電すること)、安全安心ジャケット、シート型健康管理デバイスなどの3次元自由曲面に装着可能なフレキシブルシートデバイスの実現が望まれている。これらのデバイスを従来の半導体製造技術で作ろうとすると、真空プロセス装置の大型化、基板の大面積化の限界にきている。つまり、将来のメーター級大面積デバイスの高機能化、低コスト化のためには、真空プロセス装置を用いずに形成する技術や、繊維のように織って大面積化する製織技術を活用した新たな製造技術の創出が不可欠である。

  このような大面積基板に、高い品質のマイクロ・ナノ構造機能膜を高速に直接形成する技術として、雰囲気ガスや温度などの局所環境制御により、ナノ粒子などの機能材料の塗布技術、密度や配列を制御する技術などを融合した革新的な次世代非真空プロセス技術を開発している。

  さらに、大面積のフレキシブルシートデバイスを実現するため、繊維状の基材に非真空プロセスによる高品位機能膜を高速連続形成する技術、ならびにこの繊維状基材を織って機能化・大面積化する技術を開発している(図5)。


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研究項目4「異分野融合型次世代デバイス製造技術知識データベースの整備」
 これまで述べた製造技術に関しては全く未知の分野であって、これらの製造技術の開発の成果や新たな知見については、革新的次世代デバイスの開発を目指す企業研究者・技術者が容易に利用できるようにすることができれば、また新たな製品開発・実用化、産業の創造が生まれることが期待できる。よって、異分野融合型次世代デバイス製造技術知識データベースの整備を行う(図6)。

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【おわりに】
 本稿では、異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクトを紹介した。ICが産業の「コメ」と呼ばれているのに対し「マメ」の主成分であるタンパク質が目(センサー)や筋肉(アクチュエータ)として機能するように、BEANSは産業の「マメ」として産業を維持していくのに必須な技術になるように、大学・国研のシーズと企業のニーズの連携により異分野技術を融合させ、オールジャパンの集中研方式で実施していく。

<渡辺秀明:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 機械システム技術開発部>