≪HEMTとは≫
まずHEMTとFETの違いを復習しよう。MESFET(MEtal−SemiconductorFET)では図1に示すようにチャネルの空欠層をゲート電圧で制御することによりチャネルの抵抗を制御する。ゲート電圧を下げて空欠層を拡大すると抵抗が上がり、ついにはチャネルが空欠層によりふさがれて電流が流れなくなる。これをピンチオフという。チャネルの抵抗を下げようとして不純物を増すと、そのために電子の移動度が低下するというジレンマがある。
HEMTはHigh Electron Mobility Transistorの名の通り不純物のないチャネルを高移動度の電子が駆け抜ける。それでは不純物のない半ば絶縁体の半導体になぜ電子を存在させることができるのか。
図2に示すように、それは半導体のエネルギー構造による。AlGaNとGaNのヘテロジャンクションではエネルギーバンドの違いにより伝導帯の鋭い落ち込みがフェルミレベルEfを下回り、電子の井戸ができる。これは電子の水たまりのようなものだ。この電子は、非常に薄い膜状のものなので2Dimensional Electron Gas(2DEG)と呼ばれる。その井戸の深さをゲート電圧によって制御することによりソースドレイン間の抵抗を制御する。図3にGaN HEMTの構造を示す。
ゲート電圧を下げると(これはエネルギーを上げることだが)井戸が浅くなり、ついにはEfを上回ると電子がなくなり電流が流れなくなる。その電圧をピンチオフ電圧Vpという。これはFETの用語をそのままHEMTに流用しているが、異なる物理現象である。電圧電流特性はFET、HEMTともに図4のようになる。電圧を上げて電流が増えるがあるところで飽和する。これは、その電流によってゲート下の電圧が上がりピンチオフ状態になるためである。
このようにHEMTでは一般にゲート電圧が0Vの時にはONである。つまりノーマリオンである。 エネルギー構造を工夫することによりノーマリオフにできるがパワー素子には向かないものになる。
【図1】HEMTの構造
【図2】GaN HEMTのエネルギー構造
【図3】GaN HEMTの構造
【図4】FET、HEMT特性概念図
≪GaN HEMT≫
GaN HEMTは、GaAsによるpHEMT(pseudomorphicマイナスHEMT)と何が違うのか。GaN、GaAsなど半導体の違いを表1にまとめた。
GaNはバンドギャップが広いので高温動作が可能である。これは価電子帯と伝導帯の間の禁止帯のギャップが広いということである。半導体は高温になると、このバンドギャップを超える電子や正孔が増加し、ついには半導体ではなくなってしまう。
絶縁破壊耐圧が高い。これはSiやGaAsに比べて高電圧での動作が可能ということである。たとえば24Vで100Wを出力するためには100/24=4.2Aを必要とする。これは出力インピーダンス24/4.2=5.7Ωということである。同様に48Vで100Wを出力するためには2.1Aであり23Ωとなる。高電圧動作であるほど高インピーダンスで出力を取り出すことができる。最終的に50Ωにマッチングすることを考えると高電圧動作は高出力アンプに重要である。飽和電子速度が高い。これはもちろん高周波に重要である。
≪GaN HEMTの基板≫
GaNを基板上にMOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)またはMBE(Molecular Beam Epitaxy)により成長させる。シリコンデバイスには、シリコン基板をGaAsデバイスにはGaAs基板を使うようにGaNデバイスにGaN基板を使うわけにはいかない。GaN基板は非常に高価である。表2に基板の比較を示す。
現在は、SiCまたはSiを基板として使うのが一般的である。SiCはSiと比較して熱伝導がよいのでパワー素子に良く、格子定数もGaNに近いので良質のGaN結晶を作ることができる。Siに比べて高価なのが問題であるが値段は下がりつつある。
≪GaN HEMTの新しい動き≫
現在はGaNの上にAlGaNを成長させてヘテロ構造を作る。AlNの格子定数がGaNに比べて小さいためAlGaN/GaNの境界には大きなストレスが内在する。これはピエゾ効果により電子を増やす良い面もあるが、AlN濃度を高めてシート抵抗を下げようとしても限界がある。
図5のように、特定構成比のInAlNによって格子定数をGaNに合わせることができる。このInAlN/GaNによる新しいGaN HEMTの試みが始まった。
【図5】GaN HEMTに使われる半導体の格子定数とバンドギャップ