本号から数回にわたり、独立行政法人 新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)における機械システム技術に関する研究開発内容を紹介します。原則毎月1回、第4週の発行紙に掲載いたします。
≪はじめに≫
世界は今日、厳しい経済情勢にさらされ、またエネルギー・地球環境問題への対応は喫緊の課題である。NEDOは、日本の産業技術とエネルギー・環境技術の研究開発および、その普及を推進する日本最大規模の中核的研究開発実施機関として、大きく2つのミッションを担っている。
1つ目は、日本の産業競争力の源泉となる産業技術育成のため、将来の産業において核となる技術シーズの発掘、産業競争力の基盤となるような中長期的プロジェクト、および実用化開発までの各段階の研究開発を、産学官の総力を結集して高度なマネジメント能力を発揮しつつ実施することにより、新技術の市場化を図ることである。
2つ目は、世界共通の重要な課題となっているエネルギー・地球環境問題に対しての積極的な対応である。日本の優れたエネルギー・環境技術をさらに革新し、新しい社会システムを構築していくため、新エネルギーおよびエネルギー技術の開発と実証試験、導入助成等の導入・普及業務を積極的に展開している。
NEDOは、我が国の産業競争力強化とエネルギー・地球環境問題の解決に貢献するための国家プロジェクトを実施し、プロジェクト終了の5〜10年後に実用化可能な科学技術に先行投資を行い、国内の優れた企業や大学とともに技術開発を進めている。今回から数回にわたって、NEDOの手がける1歩先の技術、特に機械システム分野に関する具体的なプロジェクトについて紹介する。
まず今回は、機械分野の取り組みと、ロボット技術の開発目標を描いたロードマップ、さらにロボットを容易に構成可能にする新技術について紹介する。
【図2】ロボット開発技術戦略マップ(経済産業省)
≪機械システム技術開発の取り組み≫
NEDOでは、機械システム技術に関し、我が国の製造業のさらなる高度化を図り、技術の国際競争力強化・市場化を目標として、図1に示すように、(1)機械・製造加工技術分野、(2)宇宙技術分野、(3)福祉分野の技術開発に取り組んでいる。
(1)機械・製造加工技術分野
我が国の製造業を支えてきたロボット技術を基盤に、次世代ロボットの活用範囲を生活、介護・福祉、災害時救助支援等の分野へ拡大していき、今後の広範囲な応用の基礎となる安全技術やシステム化技術を開発する。
また、従来のMEMS技術にナノ・バイオ技術を融合し、生体センサー、大容量蓄電体等、「環境・エネルギー」「医療・福祉」「安全・安心」分野で新しいライフスタイルを創出する革新的次世代デバイスの製造技術を開発する。詳しくはこの連載の中で解説する予定である。
(2)宇宙技術分野
他産業への大きな波及効果を有するとともに、社会経済の技術進歩・発展を支える上で重要な宇宙産業においては、衛星搭載用バッテリやロケット設計合理化技術等次世代の宇宙機器開発に向けた基盤技術、および地球観測センサー技術等の宇宙利用を促進するための基盤技術に取り組んでいる。
(3)福祉分野
高齢者や障害者にとって住み良い社会の実現に向け、福祉用具に関する産業技術の研究開発の推進および福祉ニーズ調査等福祉機器の研究開発に必要な情報の収集・分析・提供を実施する。
≪NEDOロボットプロジェクト≫
図2は、NEDOのロボットプロジェクトの大きな方向性を描いた「技術戦略マップ」(経済産業省策定)である。この図には、年代順にNEDOが進めているプロジェクトを示してある。プロジェクト群は図の上半分に示されている「先行用途開発」分野と下半分に示されている「基盤技術開発」分野に大きく分類されている。前者は社会のニーズに対応し、特定の仕事を行うロボットを開発することにより、ロボットの技術を研ぎ澄ます役割を果たしている(図2のA〜C)。今までに、建築物解体時に生じる廃棄物を材質ごとに分別するロボットや、介護支援用のロボットを開発してきた。2009年度からは新たに、介護や移動の支援を行ったり、警備や清掃などのサービスを提供する生活支援ロボットの対人安全技術の開発・実証を目的とした生活支援ロボット実用化プロジェクトがスタートしている(図2のD)。後者は、次世代ロボットを効率的に開発するための基盤を整備する、いずれもRT(ロボットテクノロジー)ミドルウエア技術を核とした4つのプロジェクト群(図2の(1)〜(4))である。RTミドルウエア技術は、ロボットを機能や部品の単位に分解し、それぞれを相互に接続可能な共通インターフェイスを持ったモジュールとすることにより、これらをつなぎ合わせることでロボットを開発・構成することが可能な技術である。この技術を用いると、たとえば視覚認識技術やハンドリング技術、経路計画技術等をモジュールとして開発しておき、必要に応じて必要なモジュールを選択してロボットを組み立てることができるようになる。
このようなロボット開発の基盤整備について国が取り組んできた理由には、次のような背景がある。
これまでロボット開発はロボットメーカー各社が独自の技術、システムによって行ってきた。
このため、新しくロボットを開発する際は、以前からある部品等を利用することをせず、開発するごとにほとんどゼロベースの開発となっていた。このような状況は、ロボットの開発に多大な時間を要する、開発・生産のコストが高くなる、ロボットが社会になかなか普及しない、といったような課題の一因となっていた。このため、短期間で高性能なロボットを低コストで開発できる技術の確立、およびこれにより、ロボット技術・製品が社会で広く活用されることを目的として、NEDOでは、図3(1)〜(4)に示したように、モジュール化に基づいたロボット構成法の技術開発を進めているのである。
【図3】モジュール化に基づくロボット構成法のためのプロジェクト郡
■次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト
【概要】
本稿では、現在NEDOが推進している「次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト」について詳細に述べる。その前に、RTミドルウエアを核とした4つのプロジェクトについて、ロボットの構成要素との対応付けを簡単に説明する(図3)。
RTミドルウエア技術は2004年にRTミドルウエア開発プロジェクト((1))で開発された技術で、続く3つのプロジェクトではRTミドルウエアをベースとした各種のモジュールを開発している。次世代ロボット共通基盤開発プロジェクト((2))では視覚認識基板や音声認識基板等のロボットとしての核となる基本ハードウエアモジュールを、次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト((3))ではロボットを動作させるためのソフトウエアのモジュールを、基盤ロボット技術活用型オープンイノベーション促進プロジェクト((4))では家庭等にも応用できる小型センサーやアクチュエータなどのRTモジュールを開発する。これらのプロジェクトが完了すると、ロボットの構成要素となるモジュールがそろい、モジュール式ロボット構成法により、容易に高性能なロボットを作りあげる技術が本格的に始動するものと期待される。
次世代ロボット知能化技術開発プロジェクトでは、人間共存環境も含めた実環境で、ロボットがロバスト性を持って稼働するために必要な知能ソフトウエアを部品(RTモジュール)として揃え、これらのRTモジュールを組み合わせることで効率的に高性能なロボットシステムを開発できる技術を確立する。また、モジュール化と並行して、これらのRTモジュールを開発するための開発支援環境、すなわちプラットフォームも開発する。ロボット開発に必要なモジュール群、開発環境としてのプラットフォームを同時に揃えることにより、効率的なロボット開発を実現する。図4にこれらの開発内容の一覧を示す。開発技術を大きく4つの領域に分類し、それぞれの中でさらに具体的な対象、開発目標を設定している。以下、知能モジュール群の開発(図4のU、V、W)、プラットフォームの開発(図4のT)、および全体に共通な技術の検証について、その内容を紹介する。
【研究内容】
1.モジュール型知能化技術の開発
いろいろなロボットを構成できるような形で、RTモジュールを作るためには、他のRTモジュールと容易に、かつ確実に接続・連携動作できるようにする必要がある。また、ロボットの用途、使われる環境や条件も様々であるため、RTモジュールの動作条件を幅広く設定しておき、周辺環境が変化しても所期の仕事を行うことができる高いロバスト性が要求される。本プロジェクトでは、このような高ロバスト性かつ汎用性のあるモジュール型知能化技術を、作業用、移動用、コミュニケーション用等の用途に応じて開発し、その成果である知能モジュールを実行可能なソフトウエアモジュールの形で提供する。
作業用としては、次世代産業用ロボットを想定した生産分野や、介護支援やレストランなどでの物のハンドリングが可能なロボットを想定した社会・生活分野で活用されるRTモジュールを開発し、主にマニピュレータに実装されることになる。
移動用としては、サービス産業など、おもに街やビル内での移動が可能なサービスロボット、公共空間分野として車両型のロボット、社会・生活分野として人が直接乗ることを想定した搭乗用ロボットを対象に移動用のRTモジュールを開発し、4輪/2輪型ロボット向けの駆動系に実装される。
また、コミュニケーション用としては、音声認識、音声合成、身振り・手振りや顔表情の解釈などを駆使かつ高度化し、人間との情報伝達を対話形式で自然に行えるようにするためのRTモジュールを開発している。これらの技術が開発・実用化されると、人とロボットが共存した社会の実現に向けて大きく踏み出すことが期待される。
2.ロボット知能ソフトウエアプラットフォームの開発
新規ロボット開発において、RTモジュールを選択し、組み合わせを可能とするためにはモジュール間のシステム仕様が共通化されていることが求められる。このためロボットのシステム設計や動作を共通化する必要がある。本プロジェクトでは、前記のRTモジュールの開発と並行して、ロボットの開発を支援するための共通基盤となるソフトウエアプラットフォームの開発を行う。このソフトウエアプラットフォーム上で開発することにより、RTモジュールの組み合わせ、動作シミュレーションなどを効率的に行うことができるようになる。
3.開発技術の有効性検証
さらに、開発したRTモジュールを実証用ロボットに搭載して行う機能・性能の検証、ソフトウエアプラットフォームの検証を行う。RTモジュールやプラットフォームの開発者とは異なるメンバーで検証を行うことにより、機能・仕様の抜け防止が図られるとともに、それぞれの完成度を効率的に高めることが可能となる。
開発された知能モジュールおよびソフトウエアプラットフォームはプロジェクトに参画する関係者のみならず、国内外のロボット関連産業へ積極的に提供していく。さらに施設内生活支援ロボットや作業ロボットなど、実際の生活環境にも適用可能な知能モジュールを目指す。こうした汎用的なモジュールを開発していくことで、必要な部品を迅速かつ低コストで得ることが可能となり、高性能なロボットを安価で開発することができるようになるだけでなく、ロボット市場の拡大、さらには、ロボット市場が我が国の基幹産業のひとつに成長していくことが期待される。
RTミドルウエアの詳細は、下記オフィシャルホームページを参照。
http://www.openrtm.org/
また、国際ロボット展(iREX)の併催事業としてロボットビジネス推進協議会殿および独立行政法人産業技術総合研究所の共同主催による「iREX2009 RTミドルウェア講習会」(2009年11月27日)が開催される。詳細は前記RTミドルウエアのオフィシャルホームページ。
おわりに
本稿では、NEDOにおける機械システム技術に関する主な取り組みと、ロボットプロジェクトの1つを紹介した。次号以降では、「先行用途開発」分野のロボットプロジェクトとMEMS分野のプロジェクトを紹介する。今回の連載を通じて、自律的かつ高度な研究マネジメントと、柔軟かつ機動的な制度運用により、NEDOが我が国の国際競争力の強化に貢献している取り組みを少しでも実感していただけたらと期待している。
<安川裕介、影山啓二:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 機械システム技術開発部>