《新技術》

光の位相を制御できる微細構造
ガラスモールド法で形成



【写真1】モールド法でガラス表面に形成した
微細周期構造の走査電子顕微鏡写真


 NEDO技術開発機構は、「次世代光波制御材料・素子化技術プロジェクト」において、モールド法で光の波長レベルの周期構造をガラス表面に成型することに成功した。

  デジタルスチルカメラなどのレンズの製造に使われてきたガラスモールド法は、表面が平坦な光学部材しか成型できなかった。今回の成果を応用すれば、高価な結晶材料や薄膜材料でしか対応できなかった波長板など、光の波を制御できる極めて高機能な光学部材が得られ、製造コストも飛躍的に下がることが期待される。

  デジタルスチルカメラや携帯電話、車載、セキュリティ機器関連では、撮像機器の高度化に向けて、高機能な光学部材が求められている。また、光ディスクドライブも、赤色と青色のレーザー光に対応でき、入出力の高速化を目的とした光源の出力向上に耐える優れた光学部材が必要とされている。さらに、それらの機器に用いられる部品数の削減も、コスト競争を勝ち抜くための必須課題となっている。

  このため、従来使われてきた光学レンズやプリズムだけでは、これらのニーズに応えることが難しくなっており、それらの部材の表面や内部に新たな機能を付与するための技術革新が求められている。

◆ガラス表面に微細構造を形成

  ガラス表面に光の波長レベルあるいはそれ以下の周期を有する微細な構造を形成すると、光の進行方向や速度を変化させることができる。このような現象は古くから知られていたが、微細な周期構造を作製するための設備にコストがかかり、低コストで作れるものはなかった。

  微細な周期構造形成にレンズ製造に使われているモールド法が適用できれば、大幅にコスト削減ができ、この方法でレンズ表面に周期構造を形成することにより、複合的な機能を発現できる可能性がある。

  しかし、レンズ成型自体がノウハウに依存した非常に難しい技術であり、それに加えて難易度の高い周期構造を形成した事例は、これまでほとんどなかった。とくに、光との強い相互作用に必須のアスペクト比の大きな微細構造をモールド法で形成するための技術は難しいとされていた。


◆モールド法で波長板を作製

  同機構では、この課題を解決するためのキーテクノロジーの創出を目的として、平成18年度から次世代光学部材のための「ガラスモールド技術」の開発に取り組んでいる。

  このプロジェクトでは、波長レベル以下の周期で、アスペクト比の大きな微細構造をガラス表面に形成し、それにより発現する光機能を利用した次世代光学部材の実用化をめざしている。

  研究グループでは、周期500ナノメートル、溝深さ500ナノメートル以上の1次元周期構造が形成された耐熱平板モールドを、リソグラフィとドライエッチングで微細加工することで作製した。次に、レンズ成型のために開発された装置を改造し、耐熱モールドとガラスをセットし、温度500℃付近で1キロニュートン程度の圧力を印加した。

  加圧温度、離型温度を最適化したところ、これまでに例のないアスペクト比2以上の周期構造体の成型に成功した(写真1)。

  今回の成功のポイントは、モールドの溝形状の設計とガラスの粘性の最適化で、両者のバランスが取れていなければ、アスペクト比の大きな形状の転写は難しいとのこと。

  また、成型中の雰囲気を高真空に保つ点も重要であり、気体が残存すると溝の中にガラスが充填されにくい傾向がある。微細構造の面積は現状では6ミリ角であるが(写真2)将来的には数十ミリ角を狙う。

  得られた周期構造体に対して、可視域の偏光を入射したところ、その透過光の偏光面が変化し、この周期構造体に構造性複屈折が発生していることを確認した。このような部材は波長板とよばれ、光ディスクドライブやプロジェクタなどに必須の光学部材である。図1に波長板の原理を示す。



【写真2】透過光に位相差を発生させる微細周期構造


【図1】波長板の原理

◆光ディスクドライブに必要な波長板


  波長板は直線偏光の向きを変えるものと、直線偏光を円偏光や楕円偏光に変えるものに分類される。今回の成果を活用すれば、溝の深さを調整するだけで、そのどちらでも作製可能とのこと。

  市販の波長板には、廉価なプラスチックか信頼性の高い水晶や雲母などの結晶によるものが使われている。光メモリーディスクドライブの光学系には、必ず波長板が組み込まれている。

  最近は、波長780ナノメートル(CD)、波長680ナノメートル(DVD)および405ナノメートル(HDマイナスDVD、ブルーレイ)に兼用でき、しかも耐光性、耐熱性に優れた波長板が求められている。今回のガラスモールド技術を応用すれば、光の波長レベルの周期構造をガラス表面に短時間で形成できるため、高精度な波長板を大量生産することが可能である。さらに、従来から使われてきたレンズなどの光学部材の表面にも形成できる可能性がある。

  光ディスクは、今後の普及が期待される青色ディスクドライブも含めると、今後とも大きな市場が期待できる。NEDO技術開発機構では、今回の成果は波長板に限らず、次世代の様々な光学部材の超高機能化および超低コスト化に貢献する極めて波及効果の大きな技術としている。 

【用語説明】 
*モールド法=精密な型でガラスをプレスしてレンズなどを成型する技術。 

*アスペクト比=溝の深さと溝幅の比。 

*1次元周期構造=多数の直線が、ある一定間隔で平行に並んでいる構造。 

*ドライエッチング=イオン化したガスの物理的エネルギーによるエッチング、またはイオン化し活性
化された反応性ガスの物理的エネルギーと化学的作用を併用したエッチング。

*位相差=2つの光の波の山と谷の位置ずれ量。

*偏光=電場および磁場が特定の方向にしか振動していない光のこと。

*構造性複屈折=サブ波長オーダーの周期構造などにより複屈折が発現すること。

*波長板=元の光の偏光状態を変えるもの。

*直線偏光=光の電場の振動方向が一定で、ある方向に直線的に振動しているもの。

*円偏光=光の進行方向に対し、偏光面を示すベクトルの向きが円を描きながら回転している偏光のこと。

*楕円偏光=光の進行方向に対し、偏光面を示すベクトルの向きが楕円を描きながら回転している偏光のこと。

   

<資料提供:NEDO技術開発機構>