「複合磁性ワイヤ型磁気センサー」 パルスパームセンサ


■はじめに

 複合磁性ワイヤを使用した磁気センサーの例は、ジョン・ウィーガンドにより鉄−コバルト−バナジウム合金ワイヤの外殻を硬磁性とし、内側を軟磁性となるよう加工したワイヤにより、大バルクハウゼン効果が顕著に現れる現象を、ピックアップコイルによりパルス電圧として検出したことが最初である。1974年この磁気センサーは特許として出願された。この結果、大バルクハウゼン効果は、ウィーガンド効果として知られることになった。

 国内では1978年頃から、神奈川大学の松下昭氏と阿部晋氏らにより、鉄−コバルト−バナジウム合金ワイヤの内側を硬磁性とし、外側を軟磁性としたウィーガンドワイヤと逆の構造で、大バルクハウゼン効果の研究が盛んに行われた。

 大バルクハウゼン効果を利用した磁気センサーは、パルス出力を得るのに電源が不要である、磁界変化のスピードが小さくても出力電圧がほとんど変化しないなどの特色があるため、様々な用途の磁気センサーとしての応用が当時から提案されてきた。ホール素子や磁気抵抗素子と比較すると、これらの磁気センサーでは、ある磁場中で一定の出力を得られるのに対して、大バルクハウゼン効果を利 用するこの磁気センサーは、磁性体にかかる磁気の履歴現象を利用するところが異なり、磁界がある条件のもとで変化した場合に出力が得られる。

 このように、他の磁気センサーと動作条件が異なることもあって、一般的に知られるところまで普及していないのが実情である。

 ニッコーシの開発した「パルス パーム センサ(R)」は、神奈川大学の技術的系譜を継ぐものであって、加工処理を工夫することによって高出力化し、商品化したものである(写真1)。簡単な構造により電源不要で、特別な回路を用いることなくパルス電圧が得られるこのセンサーは、省電力化、省資源化のトレンドに沿うセンサーとして改めて評価されるべきものと考える。



【写真1】パルス パーム センサ(R)の外観

■動作原理

 複合磁性ワイヤにおいては、外殻の軟磁性層と内側硬磁性部の磁化の安定状態は、磁化方向が同一方向と逆方向を向いた2つの状態がある。複合磁性ワイヤの中心線と並行な方向にNとSに交番する外部磁界を印加したとき、この外殻の軟磁性層が瞬時に逆転して上記の二つの安定状態が入れ替わる現象が発生する。この現象が大バルクハウゼン効果と呼ばれる。図1に「パルス パーム ワイヤ(R)」のヒステリシスカーブと磁化の状態を模式的に描く。大バルクハウゼン効果が発生する際の外側の軟磁性層においては、臨界強度以上の磁場で逆磁化の芽が発生し、逆方向を向いた磁区が瞬時に伝播し広がる。磁区の先端である磁壁の移動速度はおよそ2―9q/sにもなる。この磁区の広がりをワイヤの周囲に巻かれたピックアップコイルを用い電磁誘導による電圧として検出する。



【図1】複合磁性ワイヤのヒステリシスカーブ

 大バルクハウゼン効果は、外部磁界の印加するスピードによらず、磁区の広がりのスピードによるため、一般の電磁誘導と異なり外部磁界変化のスピードに関わらず、ほぼ一定のパルス出力が得られる。例えば1日に1回のような周期で、外部磁場が非常に遅く変化する場合にもこの磁気センサーは動作する。

■特  徴

 パルス パーム センサ(R)は際立って大バルクハウゼン効果を起こしやすい複合磁性ワイヤ〈商品名:パルス パーム ワイヤ(R)〉より構成されていることから、以下に述べる大きく2つの特徴を持つ。

〈出力の対称性〉

 一般に大バルクハウゼン効果を表す複合磁性ワイヤは、左右非対称のヒステリシスカーブを示し、センサーから出力するパルス電圧の大きさは、同じ大きさのN側およびS側磁界が交番磁界として印加された場合も、プラス側とマイナス側にそれぞれ発生するパルス電圧は異なる。

 パルス パーム センサ(R)では、同じ大きさのN側磁界とS側磁界が交番磁界として印加される場合、正負ほぼ同じ大きさのパルス信号が得られる。

 図1のヒステリシスカーブにおいては、左右対称な形をしており、大バルクハウゼン効果が正負の2カ所において出現する。

〈部分励磁モード〉

 従来、複合磁性ワイヤを使用した大バルクハウゼン効果素子から出力を得るためには、ワイヤ全体にかかる磁界をNからSへ、あるいはSからNへ交番磁界として印加することが必要とされてきた。この結果、ワイヤ全体に磁界が印加されるよう大型の磁石を使用するか、磁気回路を工夫することが必要であった。

 パルス パーム センサ(R)においては、この動作モードで、安定な出力を得られることはもちろんであるが、ワイヤの一部に磁界を印加し変化させることによって、前述の方法とほぼ同じ大きさのパルス出力を得ることができる。

 前者の動作モードを全体励磁、後者の動作モードを部分励磁と呼ぶ。この部分励磁モードによれば、パルス パーム センサ(R)のワイヤ側面の一端に磁石を近接することによってパルス出力を得ることができる。この現象を利用して簡単な構造の無接点のスイッチが実現できる。また、回転する円盤型磁石をワイヤ側面の一端近くに取り付けることによって、簡単な構造のエンコーダが実現可能である(図2)。パルスの出現数は、円盤型磁石の着磁数による。



【図2】部分励磁モードの応用

■パルス パーム センサ(R)の特性

 パルス パーム センサ(R)は、複合磁性ワイヤにピックアップコイルを巻いた構造であり、コイルの巻き数に比例する出力が得られるため、用途に応じてコイルの巻き数を設定することができる。標準的には3000ターンのコイルのものを商品化しているが、電気性能としてはコイルの直流抵抗値を仕様としている。

 出力は、標準としている2個のネオジウム磁石を取り付けた円盤を回転させ、交番磁界を発生させて得られるパルス出力をオシロスコープによって測定する。

 表1にPPSマイナス03の電気特性を示す。PPSマイナス03の標準条件で測定した出力の例を図3に示すが、約5V、半値幅約20マイクロ秒のパルスである。この出力と半値幅は、磁石の移動する速度に依存せずほぼ一定である。

【表1】PPS-03の仕様






【図3】PPS-03の出力

■応用と今後の展開
 交番磁界を利用する応用例として回転子に磁石を埋め込んだ回転計、水量計などが既に実用化されているが、部分励磁モードにより磁石を配置するレイアウトがより簡便で、小型にできるため無接点スイッチとしての応用展開が今後、広がるものと考えられる。接点のあるリレーに比べチャタリングなどトラブルがない。また出力として、LEDを点灯できるパルス電圧が得られるため、パルス パーム センサ(R)とLEDを直結しこの発光を磁石が近接した出力とすることができる。この構成を、たとえば真空装置中の回転モニターに用いれば、入力も出力も電気配線がない状態で、装置中の回転を光信号として外部からモニターすることが可能となる。信号を得るための電源が不要であり、また、このための配線が不要であることは、省資源化の観点から見直されるべきメリットである。

 出力の安定化に伴い小型化の可能性についても、新たな取り組みを試みている。従来、安定して出力を得るためには、少なくとも10mm以上の長さのワイヤが必要とされてきたが、250μmφのワイヤを用い、長さを1.2mmとしても信号が得られることを確かめた。

 従来機種の長さ12mmに対して1/10の長さである。このワイヤにピックアップコイルを50ターン巻く構造とすると、前述の標準的な交番磁界中では、10mV以上の出力を得た。試作した超小型センサーを写真2に示す。

 ワイヤの直径と長さの比を最適化することにより、さらに出力は向上できるものと期待できる。パルス パーム センサ(R)が、より小型の電子部品として使用できるため、今後、表面実装型として商品化を行う計画である。



【写真2】超小型パルス パーム センサ(R)


*「パルス パーム センサ(R)」「パルス パーム ワイヤ(R)」はニッコーシ(株)の登録商標です。
   <ニッコーシ(株)電子部品事業本部技術部>