フェライト磁石の技術動向

田口仁:TDK(株)磁性製品ビジネスグループ



  ◆はじめに
 現在工業的に最も大量生産されている磁石の材料はフェライトである。フェライト磁石の最大エネルギー積(〈BH〉max)は、NdFeB系磁石の1/10であるが、すべての磁石のなかでの生産重量(世界)は、焼結で80%程度、ボンドを合わせると95%程度と圧倒的シェアを占めていると推測される(注1)。
このフェライト磁石材料で磁気特性を飛躍的に高めた新材質が開発された。新材質は、ランタンとコバルトを含有する組成で、磁気特性に関する基本物性が改善されたことに大きな特徴がある。
このLaCo系磁石はモーターなどの応用面でも変革をもたらしつつあり、近年その生産量が急速に高まっている(注2)。


  ◆生産および需要動向
 日本電子材料工業会の集計資料を表1に示す。フェライト焼結磁石の国内生産量は1988年にピークがあり、この年に年間8.5万トンであったものが、2003年には1/2以下の3.9万トンに落ち込んだが、最近数年間は重量と金額ともに安定している(注3)。これは従来製品を海外シフトする一方、ランタン・コバルト(LaCo)系磁石のような高付加価値製品の国内生産が増加しているためである。
 高特性が不要でとにかく価格要求の強い製品(玩具用、スピーカー用)は、国内生産品では対応できずに海外製品に置換された。このトレンドの中で、フェライト磁石に対する高性能化ニーズが比較的強い製品群はモーター用であり、なかでも自動車に使用される電装モーター用磁石である。自動車には、駆動系(スターターなど)、アシスト系(パワステ、ブロワー、ワイパーなど)およびボディー系(パワーウインドウ、シートアジャストなど)のそれぞれにおいて数多くのモーター(ブラシ付きDCモーター)が使用されている。その総数は2000ccクラスの乗用車では50個程度であり、今後はさらに増加する傾向にある。
自動車分野以外では、環境意識の高まりや関連法規制などを背景に、家電用あるいは産機用モーターの高効率化の動向がある。また、電動工具用モーター、プリンター用モーターの磁石や、欧米に多い家庭の排水ポンプ用モーターに使用される磁石などに高性能化のニーズがある。

表1
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磁石の国内生産重量の推移


  ◆フェライト磁石の磁気特性の要因
 基本的磁石特性である残留磁束密度(Br)と固有保磁力(HcJ)は、図1に示すように、オングストローム、ナノ、ミクロンからミリオーダーまでの各要因によって決定される。高性能化はこれらの因子を高めることが基本となる。NdFeB磁石の場合も同様のアプローチで特性改善の努力が続けられ、466kJ/u (58.5MGOe)という最高特性が報告されている(注4)。
 M型Srフェライトの場合は、HcJの最大化が期待される1ミクロン以下の粒子(グレイン)を磁化容易軸(c軸)の方位を揃えて、高密度に充填した理想状態の実現を目指すことになる。さらに、ナノオーダーの粒内格子欠陥や粒界構造は、特に構造敏感な保磁力に影響を与えるため、さらなる高性能化を目指すためにその制御は重要となってくる。
飽和磁化(Js)と結晶磁気異方性定数(K 1)は、結晶構造(磁性イオンの磁気的構造)に依存する。また、BrとHcJの温度特性は、主に結晶構造に依存するが、HcJの温度特性は微細構造にも依存する。

図1
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フェライト磁石の特性要因と開発すべき要素技術


  ◆高特性フェライト磁石材料の開発動向
 現在量産されているフェライト磁石のほぼ100%は、マグネトプランバイト型(M型)結晶構造をもつ六方晶フェライトである。1963年に発表されたM型Srフェライト以降は基本物性の進歩はなく、もっぱら微細構造の改善で高特性化が図られてきたため「限界」という観もあった。しかし、1997年にSrフェライトに適量のランタンとコバルトを含有させることにより(1)飽和磁化(Js)の2%改善かつ結晶磁気異方性定数(K 1  )の15%改善が同時に実現できること(2)結晶磁気異方性定数(K 1  )は低温でさらに向上する結果、HcJの温度特性も大幅に改善できること(図2)、という本質的な効果がTDK により見いだされ、34年を経てようやく基本物性のレコードが塗り替えられた(注5)。
 TDKでは1999年からLaCo系高性能材質FB9材シリーズの製造・販売を開始した。FB9材はその名の通り、従来材質(FB6シリーズ)と比較して3グレード分の磁気特性が向上してい
さらにHcJの温度係数(凾gcJ/HcJ/凾s)も従来材質のマイナス0.27〜0.4%/℃に対してマイナス0.16〜0.23%/℃と約40%改善されている。このためFB9材は、従来フェライト磁石の弱点の一つであった「低温減磁」に対して特に強い材質である(注6)。
さらに、TDKでは湿式成形では困難な小型・複雑形状が可能となる乾式成形プロセスにおいて、湿式成形並みの磁気特性を実現した新材質(FB5D材、FB5DH材)を開発した。これらの磁気特性を表3および図3に示す。

  図2
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  表2
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  図3
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LaCoフェライト磁石のHcJ温度特性の変化
TDK高性能フェライト磁石材質
TDKフェライトマグネットの磁気特性分布


  ◆電装モーターへの応用例
 高性能フェライト磁石FB9材の利用による電装モーターの小型軽量化は、日系電装メーカーを中心に積極的に進められている。従来材質FB5〜6材からFB9材への変更と同時に、モーター設計を改めて最適化することにより、小型軽量化が実現した数多くの例がある。図4は、ファンモーターの小型化の例を示す。同じモーター特性を維持して12%の減量が実現した。図5は、100Wクラスの小型軽量化されたモーター(図4のファンモーターおよびパワーウインドウ)に使用されるフェライト磁石の比較例である。これらは、磁石単体では従来材質の磁石と比較して約40%小型化している。さらに、1〜1.5kWクラスのスタータモーターにおいても同様の小型化検討が進んでいる。

図4
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  図5
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FB9材によるファンモーターの小型軽量化実際例
FB10材による磁石の小型化例


  ◆おわりに
 「もはや技術開発はやりつくされた」といわれた時期もあったフェライト磁石だが、材料として未解明の部分はまだ多く残されている。製造プロセスも生産性や品質面における改善の余地は多く、新鮮な目で見ることができればブレイクスルーの種を見つけ、進化できるのではないか。ハードルはますます高くなっているが、究極の高性能化と究極の生産性の両立を実現することが、今後の挑戦すべき課題である。


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