◆はじめに
1970年代に国内で乗用車排気ガス規制が実施され、エンジン燃焼に必要な吸入空気量をエアフローメーターで計測し、必要燃料量をコントローラーが決定し、一定燃料圧力で制御された電磁式噴射弁の開弁時間制御をすることで、最適噴射量を供給し、空気燃料比を形成して、燃焼排気ガス浄化を達成した。それまでの気化器システムに代わり電子燃料噴射システムが導入され、これによりエレクトロニクスが環境改善に役割を果たすことが確立された。センサー、コントローラー、アクチュエーターを使った制御システムが浸透し、自動車の高性能化、低燃費化、さらなる低公害化、新エネルギー対応、安全性向上、快適性の追求へと採用が拡大した。
複雑化、高度化しつづける制御技術の役割は非常に大きいものがある。その中にあって、高応答、高発生応力を発揮する超磁歪素子は、革新的な高度制御化を実現できる一要素としての可能性を有していると考えられる。
以下に超磁歪素子の技術とその応用例について述べる。
◆超磁歪素子とは?
強磁性材料は、コイルや磁石などによる外部からの磁界に応じてnsec〜μsecの速さで素子寸法が変化する。また、素子に応力を加えて変形させると、その応力の速さ、大きさに応じて磁気特性が変化する。直交する磁界が同時に加われば素子はねじれ、また、ねじれ応力によって素子の磁気特性が変化する。これらの現象は総称して磁歪と呼ばれ、超磁歪素子は、これまでの強磁性体の寸法変化量に対し、50〜100倍の変位を示し、発生応力の大きな変位素子である。
◆TDK超磁歪素子の特徴
特徴を以下に列挙する。
1)TDK独自技術により世界で初めて粉末冶金法による超磁歪素子の開発実用化に成功した。
2)量産化に優れた粉末冶金法により、多様な形状の生産が可能である。
3)変位量が大きく、発生応力も大きい材料である。
4)キューリー温度が高い。
5)高速応答材料である。
6)低電圧で駆動できる。
7)温度特性に優れる。
8)素子への応力の大きさに応じて磁気特性が変化し、圧力や重量が計測できる。
9)回転中のシャフトを伸縮できるなど、非接触駆動が可能である。
10)有害元素を含んでいない。
表1に超磁歪素子の基本物性を示す。1000Oeの入力磁界を与えることで素子の変位量は1100ppmに達し、また、発生応力は22×106 N/m2 を示す。
キューリー温度は380℃と高いので自動車での使用は問題とならない。
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基本物性 |
◆超磁歪素子の応用
自動車用部品を考慮した超磁歪素子のおもな用途例としては噴射弁、ポンプ、ポジショナー、リニアアクチュエーターなどのアクチュエーター、トルクセンサーなどのセンサーがあげられる。超磁歪素子の基本を図1に示す。ジュール効果により磁界で長さが変化する。この特性を利用して高応答、高発生応力アクチュエーターを考えることができる。また、ビラリ効果により圧力を加えることでインダクタンスが変化する。この特性を利用してセンサーを考えることができる。特性例をフェライト材と比較して図2に示す。超磁歪素子は400Oe以上の入力磁界の大きさに応じて変位量は直線的に変化する領域が存在する。
以下に設計上の留意点を含めて応用例を紹介する。
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超磁歪素子の基本 |
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基本機能 |
◆超磁歪素子の応用
図3に従来の電磁弁に代わる超磁歪アクチュエーターの外観図を示す。図中、ヨークとしてのマグネットは使用しなくても成立する。まず、要求変位量に応じて超磁歪素子の長さを決定する。表1から1000Oeの入力磁界で1100ppmの変位量が得られるので、l=50mmの素子では55μmの変位量が得られることになる。400Oe以上の入力磁界に対する変位量は直線性を示すので、入力電流を制御することで変位量をリニアに可変にすることが可能である。上記の変位量を得るためには予荷重を加えることが必要となる。これには最適予荷重範囲が存在し、(10±2)×106 N/m2 程度が良い。
自動車用として考慮する点として、温度に関係する2点があげられる。1点目は、変位量における温度特性である。図4に温度特性を示す。PMT―1材の使用を考えると、高温側で約―3ppm/℃の変位量低下を示す。2点目は表1中に示した熱的性質の熱膨張係数で、12ppm/℃程度でもとの長さが線膨張することになる。これら2点を考慮した設計が必要となる。上記の条件を満たすアクチュエーターとすることで高応答、高発生応力が得られる。応答性は伝達ロスを含めても0.1msec以下が可能になる。
さらに高応答を要求する場合はI=E/R(1―exp(―R/L*t))の式において、コイル巻き線抵抗Rを高抵抗にすることを考慮すればよい。(t:応答時間)素子径は、数mmで成り立つのでアクチュエーター直径は小型化が図れる。図5に倍変位アクチュエーターの外観図を示す。
伝達ノブの場所に設置された圧縮バネが磁歪材6に対して予荷重として加わる。前述した最適予荷重範囲を考慮して磁歪材6の直径または圧縮バネが決定される。磁歪材5には、圧縮バネと磁歪材6の発生応力の一部が予荷重として加わるので、最適予荷重を考慮すると、磁歪材5の直径は、磁歪材6よりも大きくなる。
磁歪材4以下も同様であり、直径は徐々に大きくなる。
例として、3本複合の倍変位アクチュエーターを考え、l=90mm素子を使い、テコ比3:1、各素子への入力磁界を1000Oeで構成すると、出力変位量は1mm程度が得られる。電流値を可変にして入力磁界を制御すると、最大変位以下をリニアに制御できる範囲が存在することになる。
外観図は示さないが、吸引・突出用に1方向ボールバルブ2個を組み込んだプランジャポンプが考えられる。ポンプ最外径を細くできることが特徴としてあげられる。ボールバルブ径に応じて駆動周期とプランジャ駆動時間(コイル通電時間)に最適な値(最適デューティ比)が存在する。高応答下での液体輸送が可能となるので液体制御などへの応用が考えられる。
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アクチュエーターの外観図 |
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温度特性 |
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倍変位アクチュエーターの外観図 |
◆むすび
以上、高速ON―OFF駆動、電流値制御を使った位置決め、倍変位駆動、高発生応力駆動、デューティ制御による液体輸送など超磁歪アクチュエーターの応用例を述べた。複雑化、高度化する制御システムを成立させるために応用できると考えられる超磁歪素子は、電動アシスト自転車用トルクセンサーの構成部材として、すでに量産化されている。ダイレクトに人間のペダル踏力を検出する手法とすることで、通常の自転車と違和感のないペダル作動を得ようとするものである。自動車用工業材料として提供させてもらうためには、さらなる信頼性向上が必要と考える。そしてお客様にいつまでも安心して使い続けてもらえる素子とすることである。
車の究極は、人工知能など先端制御技術により、車両の総合制御を行うとともに、周辺の走行環境を認識し、ドライバーの特性も加味して車両走行を最適に制御することである。超磁歪素子は、その進化を続けるために必要となるエレクトロニクス技術を支える重要な1要素と位置付けていきたい。
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