2002年注目の先端技術と応用技術

松崎幹男:TDK(株)テクノロジーGrp
情報技術研究所磁気記録技術グループ


  ◆HDDの動向

 HDDの記録密度は年率100%を超える伸びを依然として維持している。2002年中には60Gビット/in2   の面記録密度が量産レベルで達成されようとしている。このような面記録密度の進展はさまざまな技術の集大成であり、これを図1、図2、図3、図4(図1から図4はIDEMA理事金子氏の作成による)に示す。その中でも年率100%はGMRヘッドの開発がその大きな要因となった。
 しかしながら、この面記録密度の伸びは市場要求に対しては一時的なオーバースペックとなり、特にデスクトップ向けの価格低下と相まってHDD1台当たりのヘッド、ディスク数の減少をもたらした。従来のコンピューターだけにとどまらず、情報ネットワーク、テレビ、VTR、携帯電話といった形でのアプリケーションの拡大が実用となるまでのしばらくの間は、この傾向は続いていくものと考えられる。しかし例えば画像記録を考えた場合、巨大な記憶容量が必要であり、高容量化、高速化を目指した技術開発はオーバースペックにもかかわらず、当面は現在の延長線上にあるだろう。

  図1
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  図2
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  図3
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  図4
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磁気ディスク装置面記録密度向上の歴史
ビット密度の変遷と固有技術
トラつく密度の変遷と固有技術
ヘッド-ディスク間スペ−シングの変遷


  ◆再生ヘッドの高面記録密度対応

 トラック幅の減少はすさまじく現在、量産されている30Gbsiでは0.35μm、今年量産化される60Gbsiでは0.25μmに達する。このため再生ヘッドのトラック幅もこれに応じてさらに小さくなっている。この場合、十分な再生出力を確保するための再生ヘッドの再生感度が重要なファクターとなる。現行のスピンバルブGMR再生ヘッドにおいて、次のようなさまざまなヘッド構造の改善により対応されている。
 スピンバルブGMR→スィンセティック・スピンバルブGMR→スペキュラー・スピンバルブGMR→デュアル・スペキュラー・スピンバルブGMR
 図5に再生ヘッドの進展の様子を示す。
 <スピンバルブGMRヘッド>
 巨大磁気抵抗効果(GMR)は異方性磁気抵抗効果(AMR)と異なり、二つの磁性層の磁化が平行と反平行の場合で伝導電子の散乱強度が異なり、比抵抗の差を生じることを利用している。
 スピンバルブGMRヘッドは磁性膜を二層とし、一方の磁性膜を反強磁性膜により固定し、他方の磁性膜を外部磁界により磁化方向が変化する自由層としたものである。スピンバルブGMRヘッドはAMRヘッドの約2―3倍の出力を得ることが出来る。
 スピンバルブGMRヘッドを実際のヘッドとして構成するには、AMRヘッドの場合と同様にバルクハウゼンノイズ抑制のための磁区制御が必要であり、一般にはハードフィルムが用いられている。
 <積層フェリ磁性(スィンセティック)スピンバルブGMRヘッド>
 積層フェリ磁性構造(Synthetic構造)においては、強磁性結合による磁化固定層形成を行い、自由層に対する磁化固定層からの漏れ磁界によるバイアスを減少させている。これにより読み出し波形の対称性確保が容易となり、また磁化ピンニングもより強固なものとすることが出来る。
 <スピンフィルタースピンバルブGMRヘッド>
 スピンフィルター構造においては自由層の膜厚を極度に薄くし、かつフィルター層としての低抵抗金属層を平行して置くことにより、固定層との間の磁化散乱領域に電流集中をさせ、実質的な抵抗変化の増大を図ったものである。
 <鏡面反射(スペキュラー)スピンバルブGMRヘッド>
 鏡面反射構造は固定層および自由層のそれぞれの側に電子反射層をおいて、固定層との間の磁化散乱領域に電流集中をさせ、実質的な抵抗変化の増大を図ったものである。
 これらのスピンバルブGMRヘッドのトラック両端領域は、その両側からの強い縦バイアス磁界により、自由層が固定され実質的には抵抗が変化するトラック領域が狭くなる。このためトラック幅が狭くなると、この固定領域の存在が無視し得なくなる。この固定領域を電極で覆うことで抵抗変化領域だけを実際の再生トラック幅とすることにより、ヘッドの持つ最大の能力を引き出そうとする構造が導入された。これをLOL(リードオーバーレイド)構造という。
 図6に構造を、図7に抵抗変化領域のみのトラックとなった時の感度分布の様子を示す。この技術により単位トラック幅当たりの再生出力は大幅にアップすることになった。
 しかし、スピンバルブGMRの改善も60Gbpsi程度で実質的には限界に達すると考えられる。
 このため80Gbpsiを超える密度に対応した再生ヘッドとして、マグネティックトンネルジャンクションGMRヘッドが提案されている。

  図5
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  図6
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  図7
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面記録密度の進展に伴う再生素子要求特性
リードオーバレイド構造と従来構造の比較
リードオーバレイド構造と従来構造の磁界感度分布の比較


 ◆マグネティックトンネルジャンクションGMRヘッド

 トンネルGMRヘッドは薄い電気絶縁層を挟んで二層の磁性膜を配し、この磁性膜の磁化が平行、反平行の場合に前記の絶縁膜を通るトンネル電流の値が異なることを利用しており、従来のGMRヘッドが読み出しギャップの長手方向、すなわちシールド層と平行にセンス電流を流すCIP構造であるのに対して、シールド層とは直角方向にセンス電流を流すCPP構造となっている。これを図8に示す。
 トンネルGMRヘッドにおいては30%を超えるMR効率を期待出来るが、トンネル接合として電気絶縁膜を用いるため、その低抵抗化が実用上の大きなポイントとなる。
 TDKにおいては接合面積1μm2において15%以上のMR効率と5Ω/μm2以下の接合抵抗を60Gbpsiの実ヘッドで達成している。図9にこのヘッドの断面構造、図10に出力波形を示す。

  図8
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  図9
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  図10
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CIP構造のスピンバルブGMRヘッドとCPP構造の・・・
トンネルGMRヘッドの断面
60Gbpsi相当トンネルGMRヘッドの出力波形


  ◆CPP−GMRヘッド

 トンネルGMRヘッドはトンネルジャンクションとして酸化膜を使用することから、必然的に単位面積当たりの抵抗が高く、さらなる高面記録密度における微小トラック幅においては、その抵抗限界が存在する。これを超えるものとして考えられているものが、CPP構造においてトンネルジャンクションエレメントの代わりに、スピンバルブGMRをベースとしたエレメント、また多層膜GMRをエレメントとしたCPPマイナスGMRヘッドが検討されている。
 しかし、現状の材料系ではMR効率が2%程度とAMRヘッドと同程度で到底実用ヘッドとしては考えられない。高効率達成のための材料検討、構造検討が精力的に進められている。
 CPPマイナスGMRヘッドも大まかな構造としてはトンネルGMRヘッドと似ており、かつその製造技術はほぼ等しく、着実なステップを追った開発が必要となっている。


  ◆書き込みヘッドの高密度記録対応

 高密度記録を達成するためには、書き込みヘッドの改善が、MR読み出しヘッド以上に重要である。書き込みヘッドの改善には二つのアプローチが必要である。一つは高保持力媒体へのオーバーライト特性の確保であり、他の一つは高周波数書き込みの確保である。図11に書き込みヘッドの短磁気回路化により、これらの双方を確保していく様子を示す。
 特に高TPIでの狭トラックにおける書き込み磁束の十分な確保が困難になっており、狭書き込みトラック形成そのものとともに、むしろGMR読み出しヘッドの開発以上に重要なテーマとなっている。
 さらに高周波数書き込みに対しては磁性ポールの渦電流による高周波損失の防止とともに、書き込みヘッドの低インダクタンスが必要であるが、サスペンションのリード線でのインダクタンスも問題となっている。これらのインダクタンスを大幅に低減して、書き込み磁束の立ち上がりを早くし、より高周波での書き込み性を確保する試みとして、書き込みアンプをヘッドとともにサスペンション上に同時搭載したチップオンサスペンション技術が提案されている。

図11
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書き込みヘッドの高効率化の変遷


  ◆垂直磁気記録ヘッド

 図12に示すように面記録密度が高まるにつれて、媒体の磁化が熱揺らぎにより消えていく熱揺らぎ限界が見えてきている。この対策としてヘッドと同様に2つの磁性膜の相互作用を利用したスィンセティック媒体が提案され、実用化されようとしている。この場合、媒体の実効的な保磁力が大きくなり、より以上に書き込みづらいものとなる。このため従来の書き込みヘッドのギャップにおける漏洩磁束による書き込みの面内記録においては書き込み限界が存在し、書き込みヘッドの磁路の中に媒体が入って書き込みを行う二層構造垂直磁気記録媒体を用いた垂直磁気記録が100Gbpsiを超える面記録密度においては有力と考えられている。この様子を図13、図14に示す。
 図15には垂直記録ヘッドの構造写真を示す。主磁極は逆台形状になっている。これはスイングアームによるスキューのため、図16の左の図のようにトラックサイドに書き込まれることを防ぐためで、図16の右側の図と比べるとその効果が理解される。

  図12
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  図13
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  図14
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面内記録における熱揺らぎ減磁の概念
垂直磁気記録の概念
2層媒体垂直磁気記録の構成
  図15
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  図16
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垂直磁気記録ヘッド
垂直磁気記録におけるスキューの影響


  ◆リソグラフィー技術の現状

 高面密度記録が進むにつれてパターン作成のリソグラフィー技術、および露光装置の変化が著しい。図17(富士通研究所押木氏の作成による)に示すように、2002年には半導体の寸法ルールを磁気ヘッドが追い越してしまう。
 従来は半導体プロセスで開発された露光装置を用いることが出来たが、今後は磁気ヘッドが先行することになり、どのような装置、技術を用いるのかが大きな問題となる。

図17
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フォトリソグラフィのトレンド


  ◆2段アクチュエーター

 スピンドルの高速回転によるディスクの面振れによりTMR(Track Miss Registration)が大きくなり、サーボ追従が困難になってきている。これに対するものとして、高トラック密度においては、マイクロアクチュエーターを用いた2段アクチュエーター技術が必須であり、ピエゾ素子を用いた方法、マイクロマシンによる方法など各種の方法が提案されている。


  ◆磁気ヘッドの今後

 ヘッド、媒体ともに物理限界に近い状況になってきている。しかしそれぞれの限界に対して、その対策も工夫がされている。これらの技術対応により磁気記録は依然としてペリフェラルの中心であり続けるものと考えられる。ただし、以前に比べて技術的マージンは確実に少なくなっており、技術開発デモだけの突出でなく、今後は今まで以上に量産での歩留まりをにらんだ着実な技術開発が必要となるだろう。他方、HDDは各構成要素の総合的な性能アップにより、その密度、速度、容量をアップしていくものである。特に前述のように物理限界に近づいた今、ヘッドの性能アップも他の構成要素と協力して進めることにより、その弱点をカバーしていくことが出来る。
 一方、アプリケーションの開発による市場の拡大も現在の停滞を打ち破るために必要である。これらの市場および技術開発のためには、ヘッドなどの部品メーカー、HDDメーカー、アプリケーションサイドの相互の協力がこれまでにも増して重要となる。
 


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