東京大学

自己修復能力を持つ電極材料を発見。充電池の長寿命化に期待

 電気自動車や風力・太陽光発電といった環境に優しい技術の社会導入が進む中で、電力を貯蔵・供給する電池への期待が高まり続けている。しかし、現在使用されている電池は充電できる電力量が限られており、また、充電と放電を繰り返すことで性能が低下するため、普及の妨げとなっている。従って、電池の中で電力を蓄える心臓部である電極材料(注1)を、より多くの電力を何度でも蓄えることができるように改良することが望まれている。

 東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授、大久保將史准教授、西村真一主任研究員らの研究グループは、電力を蓄えることにより構造を修復する「自己修復能力」を持つ電極材料を発見した。従来の電極材料は、多くの電力を蓄えると不安定化して構造が変化し、顕著に性能劣化することが知られているが、今回発見した電極材料は充電により安定な構造に変化するため、充電を行うごとに自己修復を繰り返し、性能が落ちないことが分かった。現象をくわしく解析した結果、この自己修復現象は物質内部でのイオンと空孔の強いクーロン引力が原因となっていることが分かり、多くの電力を何度も蓄えることを可能にする新たな仕組みを実証することに成功した(図1)。従って、このクーロン引力を他の電極材料にも導入することで自己修復能力が発現すること、さらには、電池の長寿命化につながることが期待される。

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[図1]今回発見した自己修復能力が長時間の充電と放電を可能にするイメージ図

【@研究の背景】

 Society 5.0の物理空間を担う省エネルギー・低炭素型のエネルギーネットワークを構築するために、風力・太陽光といった再生可能エネルギーの電力系統への連携化や、ハイブリッドカーや電気自動車といった高効率自動車の普及が求められている。しかし、エネルギーネットワークで電力の貯蔵と供給を担うと目されている二次電池は、現状では限定的な電力貯蔵能力しか持たないため、その技術導入は進んでいない。

 二次電池の電力貯蔵は、電極材料からイオンを脱離することで行われる。従って、多くのイオンを電極材料から脱離すると多くの電力を貯蔵することができる。しかし、一般に利用される電極材料(例えばLiCoO2)は、多くのイオンを脱離すると不安定化して構造が変化(注2)し、性能が大幅に低下することが知られている(図2)。この性能劣化は、電池の寿命を短くする原因となるため、二次電池の電力貯蔵能を制限する要因となっていた。

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[図2]従来材料LiMO 2、Li 1+xM 1−xO 2やNaMO 2(M=Co、Ni、Mnなど)では充電
(イオン脱離)に伴い構造の破壊が生じるが、発見した自己修復材料Na 2MO 3(今回はM=Ru)では
充電するほど構造が修復され、電池を長持ちさせることができる

【A研究内容】

 東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授、大久保將史准教授、西村真一主任研究員らのグループは、電極材料Na2MO3(今回はM=Ru)を充電(ナトリウムイオンの脱離)すると積層欠陥(注3)と呼ばれる構造の乱れが徐々に消失し、完全に充電すると全く構造の乱れがない状態まで自己修復されることを見出した(図2)。

 具体的には、層状構造を有するNa2RuO3を充電する前の状態でX線回折(注4)を測定するとブロードな回折線を示し、積層構造に大きな乱れ(積層欠陥)が存在することが示された。しかし、ナトリウムイオンを脱離して充電すると回折線は徐々に鋭くなり、積層の乱れが自発的に消失することが分かった(図3)。また、この自発的な自己修復は、充電と放電を繰り返した後でも生じることも分かった。この現象は、従来の電極材料LiMO2、Li1+xM1−xO2やNaMO2(M=Co、Ni、Mnなど)では多くのイオンを脱離すると構造が乱れて性能が大幅に劣化する、というこれまでの常識と全く異なるもの(図3)。実際、Na2RuO3では充電するごとに自己修復が行われるため、電極材料に大きな負荷のかかる長期間での充電と放電を繰り返しても殆ど性能の劣化が起こらなかった。

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[図3]従来材料LiMO 2、Li 1+xM 1−xO 2やNaMO 2(M=Co、Ni、Mnなど)では
充電(イオン脱離)に伴いX線回折線がブロード化して構造劣化が確認されるが、
発見した自己修復材料MNa 2MO 3(今回はM=Ru)では充電するほどX線回折線が先鋭化して
構造が自己修復されることが分かる

 充電過程における構造変化を放射光X線回折でさらに詳細に調べたところ、自己修復現象にはナトリウムイオンが脱離した後に生じる空孔と構造中に残存するナトリウムイオンとの間で強いクーロン引力(注5)が生まれることが重要な役割を果たしていることが分かった。すなわち、イオンと空孔が強く引き合うことで乱れのない構造へと自発的に変化し、自己修復されていた。

【B今後の予定】

 今回の発見は、「多くの電力を貯蔵すると電極材料が劣化する」という長年のジレンマに対して、「充電すれば構造が自己修復されて電池が長寿命化する」という新しい対極現象により、一つの答えを提示するものである。イオンと空孔のクーロン引力を導入することで様々な電極材料で自己修復能力が発現し、二次電池の長寿命化につながることが期待される。

【用語解説】

 (注1)電極材料:電池において電力を蓄える部材。リチウムイオン電池では、LiCoO2などの酸化物や黒鉛などの炭素系材料が電極材料として使用されており、リチウムイオンの挿入と脱離により電力を蓄える。

 (注2)多くのイオンを脱離すると不安定化して構造が変化:例えば、LiCoO2から多くのリチウムイオンを脱離すると、リチウムイオンが脱離した後に空孔が形成され、構造が不安定化する。この空孔を遷移金属(LiCoO2ではコバルト)が埋めることで構造は安定化するが、リチウムイオンを挿入する空孔が消失するため、性能が大幅に劣化する。

 (注3)積層欠陥:層状化合物で良く見られる積層構造の乱れ。層状の電極材料(例えば、LiCoO2)では、多くのリチウムイオンを脱離することで積層に乱れが入り、劣化につながることが知られている。

 (注4)X線回折:周期的な結晶構造とX線が干渉(回折)することで生じる干渉縞(回折線)を測定する手法。

 乱れがない構造では完全な回折が生じるため回折線はシャープになり、乱れがある構造では回折が不完全となりブロードな回折線を示す。

 (注5)強いクーロン引力:ナトリウムイオンはプラスの電荷を持つ。一方、ナトリウムイオンが脱離して生じる空孔は、マイナスの電荷を持つ。従って、ナトリウムイオンと空孔はクーロン引力を生じる。

<資料提供:東京大学>