日本ケミコン

カーボンナノチューブを用いたシート技術とその応用展開について


【 1.はじめに 】

 カーボンナノチューブ(以下、CNT)は炭素6員環から構成された六角網面が円筒状に閉じた構造体である。一枚の網面から構成されたチューブを単層カーボンナノチューブ(Single−Walled Carbon Nano Tube: SWCNT)、複数の網面が入れ子状になったものを多層カーボンナノチューブ(Multi−Walled Carbon Nano Tube: MWCNT)と呼ぶ。
 CNTの特徴は(1)導電性が高い、(2)熱的・化学的安定性が高い、(3)理論的な機械強度が高い、(4)理論的な熱伝導度が高い等が挙げられ、様々な分野で応用が期待されている1)。蓄電デバイスの一つである電気二重層キャパシタにおいてもCNTは注目されており、特にSWCNTは高い理論表面積(外壁面と内壁面がそれぞれ1315u/g)を有していることとその特異的なナノ構造から電気二重層キャパシタの高性能材料として期待されている。

 しかしながら、従来のSWCNTは純度や生産性(合成効率)が極めて低いことから産業化への障壁が非常に高いとされてきた。それに対して近年、産業技術総合研究所で「スーパーグロース(SG)」法が開発されたことにより、その障壁を乗り越える可能性が見えてきた2)。
 このSG法は他の合成法に比べ、高純度、高配向、高比表面積のSWCNTをはるかに高効率(触媒効率換算でHiPco®法により合成したSWCNTの100倍以上)で合成できるため、工業的にもSWCNTの実用化を加速する革新的技術として期待できる。このような背景から、日本ケミコンでは電気二重層キャパシタの次世代電極材料としてSG−SWCNTをはじめとした長尺CNTに注目し研究開発を実施してきた。

 本稿では、このSG−SWCNTを用いた電気二重層キャパシタ開発とSG−SWCNTキャパシタの課題と対策について述べる。加えて、この開発で得られたCNTシートの特徴を生かした電気二重層キャパシタ以外の用途への応用展開についても言及する

【 2.SG−SWCNTを用いた電気二重層キャパシタの課題と対策 】

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 日本ケミコンはSG−SWCNTキャパシタの開発を新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」に参画し進めてきた3)。そのプロジェクトにおいて、高密度なSG−SWCNTシートをバインダレスで作製する分散技術および図1に示すような接着剤レスで集電体(エッチドアルミ箔)にSG−SWCNTシートを貼り付ける接合技術など革新的な技術開発に成功した。これにより、下記に示すような電気二重層キャパシタ特性が飛躍的に向上することを実証した。

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(1)従来の活性炭を使用した電気二重層キャパシタよりも低抵抗(活性炭比:1/2〜1/3)
(2)高電圧(3V以上)
(3)長寿命
(4)優れた低温特性

 その一方で、SG−SWCNT電極を用いた電気二重層キャパシタにおける課題も明らかとなってきた。最も懸念される技術的な問題は、充放電中に電極が体積変化を起こすことである。具体的には充電中にイオンが電極内に吸着することで電極が膨張し、放電中はイオンが脱着することで電極が収縮する現象である。この現象はSG−SWCNT電極だけでなく、HiPco®法で合成したSWCNTでも起こることが報告されている4)。

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 電極の体積変化は、膨張による体積あたりの容量密度低下だけでなく、ケース膨張といった致命的な不具合を招いてしまう。そこで、日本ケミコンはSG−SWCNT電極の特徴を損なうことなく図2に示すように充放電中の体積変化を大幅に抑制できる電極化技術を開発した5)。この改良技術により、上述の懸念が払拭され、実用的な電気二重層キャパシタ用電極として適用できる可能性が示された。

 現在、この技術をベースにした生産技術や量産技術開発を実施している。その中でも主要な技術開発が改良型SG−SWCNT電極シートの連続作製に関する生産技術である。シートを連続的に作製できる装置を開発したことで、図3に示すようなロールシートの作製に成功した。このシート作製では、SG−SWCNTだけでなく他の長尺CNTを使用した場合でも作製できることを確認した。

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 現在、日本ケミコンでは図4に示すようなCNTロール電極を用いた電気二重層キャパシタの製品開発を実施している。

【 3.当社CNTシートの特徴と電気
  二重層キャパシタ以外への応用 展開 】

 上記電気二重層キャパシタ開発により当社CNTシートは(1)高容量(活性炭と同等)、(2)高電圧、(3)低抵抗、(4)高柔軟性、(5)高耐薬品性等の特徴を有していることが明らかとなった。
これらの特徴はそれぞれ(1)比表面積が高い、(2)耐酸化性および耐還元性が高い、(3)導電性およびイオン拡散性が高い、(4)柔軟性が高い、(5)耐薬品性が高いと言い換えることができ、電気二重層キャパシタ以外の用途においても生かせるものと考えられる。例えば、水中のイオンを電気的に除去するための水浄化用電極、医療などで使用される生体接触電極、エナジーハーベストで期待されている温度差発電用電極などが挙げられる。加えて、本電極作製プロセスにおいて、機能性材料を複合化したCNTシートも作製できると考えられるため、例えば、白金触媒などをCNTシートに複合化することで燃料電池用電極へ、各種貴金属または酵素などの生体触媒と複合化させることで各種センサー用電極への展開も期待される。このため、日本ケミコンではCNTシートの他用途開発を電気二重層キャパシタ開発と並行して実施している。その一例として、生体接触電極の一つである脳波電極用CNTシートについて述べる。現在の脳波電極は銀皿電極が使用されているが、X線分析やMRI等の測定装置と併用できない問題があった。その問題に対して、多層CNTを樹脂に分散した脳波電極が提案されている6)が、樹脂と複合しているため抵抗が高いことが課題であった。

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 それに対して当社CNTシートは図5に示すようにCNTを含む樹脂電極と比べて低い抵抗値を示すことが明らかとなり、この課題を解決し得るシートであることが分かった7)。
このように当社CNTシートが電気二重層キャパシタ以外の分野においても高いポテンシャルを秘めていることが明らかとなった。今後、さらなる適用分野拡大に向けて検討を進めていく予定である。

 CNTシート作製技術に加え、上記電気二重層キャパシタ開発でも述べたようにCNTシートと金属箔との接合技術も開発している。まだ研究開発段階ではあるが、CNTシートと集電体(エッチドアルミ箔)とを接着剤レスで一体化することに成功している8)。この技術は上述のCNTシートの特性を損なうことなく集電体とCNTシートとを一体化できるというものであり、電気二重層キャパシタに適用した場合、高電圧化、長寿命化、および低抵抗化が可能となる。この接合技術は電気二重層キャパシタ以外の分野でも適用可能と考えられ、例えば従来の接着剤では使用が難しい高温度環境や温度変動の激しい環境下等への展開が期待される。

【4.おわりに 】

 長尺CNTを用いることでCNTをマトリックスとした多孔質オールカーボンシートを作製できることが明らかとなった。そのCNTシートを電極に用いることで従来の活性炭を用いた電気二重層キャパシタよりも高電圧、低抵抗および長寿命を示す高性能キャパシタの構築が可能となることを見出した。現在、日本ケミコンでは、これまでの研究開発に加え、上述したような生産技術や量産技術開発も開始している。特に、SWCNTコストを考慮し、材料コストの影響が小さい小型電気二重層キャパシタの製品化を目指している。製品化・実用化までに解決すべき課題はまだあるが、一つずつ解決し、早期製品化に向けて検討しているところである。加えて、当社CNTシートの他用途展開も試みており、今後可能性を広げられるよう努力していきたい。

【5.参考文献 】

1) 角田裕三監修:カーボンナノチューブ応用最前線、シーエムシー出版 (2014).
2) K. Hata, D. Futaba, K. Mizuno, T. Namai, M. Yumura, and 
  S. Iijima. Science, 306, 1362 (2004).
3) www.nedo.go.jp/content/100496842.pdf.  
4) P.W. Ruch, R. K?tz, and A. Wokaun, Electrochim. Acta 54, 
  4451 (2009).  
5) 堀井大輔、末松俊造、玉光賢次、エネルギーデバイス、3(3), 15 (2016).
6) K. Awara, R. Kitai, M. Isozaki, H. Neishi, K. Kikuta, 
 N. Fushisato, A. Kawamoto. Biomed. Eng. Online, 13, 166 (2014). 
7) 末松俊造、川本昂、湶孝介、北井隆平、「脳波電極の電気特性に関する層状構造カーボン
  ナノチューブシートの効果」、3−4、第49回フラーレン・ナノチューブ・グラフェン総合シンポ
  ジウム、北九州国際会議場 (2015).
8) 末松俊造、町田健治、玉光賢次、特許5458505.

 <堀井大輔/末松俊造/玉光賢次:日本ケミコン(株) 研究開発本部 基礎研究センター>