NEDO特別寄稿(第14回)

「ナノテクへの早期実用化」を支援
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はじめに

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)では、エネルギー・環境問題の解決および産業競争力の強化を目的に、研究開発マネジメントに取り組んでいる。中でもNEDOナノテクノロジー・材料技術開発部(以下、NEDOナノ材料部)では、情報家電、環境、エネルギー、医療などの様々な分野に革新的な進歩をもたらすナノテクノロジーの基盤研究の成果をより早期に社会的な成果につなげるために、出口(製品)を明確にした実用化指向のプロジェクトを行っている。そのひとつが、一般の研究者から研究開発テーマを募集する提案公募型事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発(ナノテクチャレンジ)」である。

  本号と次号で、ナノテクチャレンジの制度および実施されているテーマを紹介する。読者の方々には本紙を通じてナノテクチャレンジについてご興味をもっていただくとともに、研究開発テーマのご提案のきっかけとしていただければ幸いである。

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【ナノテクチャレンジの制度概要】
 ナノテクノロジーは、様々な分野にイノベーションを引き起こす可能性があるものの、(1)ナノテクノロジーだけでは事業化されにくい、(2)実用化までの期間が長い、(3)出口(応用分野)が多岐にわたるため、特定の出口との関連が弱い、(4)革新的な技術ほど既存ユーザーに受け入れられにくいという特徴がある。

  そこで、NEDOナノ材料部では、大学・企業などの優れたナノテクノロジーを速やかに実用化するために、川上(大学、材料メーカーなど)と川下(製品メーカーなど)の垂直連携体制(シーズとニーズの連携)を応募条件とした「ナノテク・先端部材実用化研究開発(ナノテクチャレンジ)」を推進しており、ナノテクノロジーを活用し、テーマ終了後3〜5年で実用化につながるテーマを支援している(図1)。

  総合科学技術会議やNEDO独法評価委員会などにおいても、研究開発スタイルを政策誘導するスキームとして優れており、NEDOのマネジメント力が発揮される制度として高く評価されているところである。

  ナノテクチャレンジでは、ナノテクの研究成果を出来るだけ早く実用化させ、我が国の産業競争力向上に結び付けていくために、以下の2つの特徴を設定した。

  まず1つ目は、ナノテクのシーズ技術を有する川上とその実用化を担当する川下の垂直連携体制を応募要件としたことである。研究開始時から川下ユーザーを体制内に組み込むことにより、研究者がシーズ側の視点だけでなく出口を見据えた研究を実施する環境を整えた。これによりイノベーションを推進する上で重要となる異分野の融合も促進している。

  2つ目は、研究開発期間を前半のステージT(先導的研究開発)と後半のステージU(実用化研究開発)に分け、ステージT終了時に絞り込み評価(ステージゲート)を設けたことである。

  様々な分野に波及する可能性のあるナノテクノロジーをより早期に実用化するためには、出口は明確にしながらも、基盤研究過程においては複数の出口を想定しつつ、途中で実用化の実現性から絞り込むことが重要である。そこで、リスクのあるテーマをステージTで支援し、実用化シナリオの妥当性、技術の優位性などの観点から見極めた後、実用化へ有望なテーマのみ大幅に絞り込んでステージUへ移行させている。これにより実用化に向けた研究開発の加速および効率的な研究開発資金の運用を可能にしている。

  本事業は川上・川下の垂直連携研究体制を前提条件としているため、提案者は連携企業・連携研究機関と具体的な事業化スキームを協議し開発計画を議論する必要があり、産学官連携や産産連携ひいては異分野融合の促進に貢献している(呼び水効果)。実際、本事業を終了したテーマの実施者へのアンケート調査によれば、「ナノテクチャレンジでの研究を契機として、新しい企業や顧客との交流が進み、新しいビジネスモデルの構築に役立った」、「普段交流することがほとんどない異分野の研究者と期間中に精力的にディスカッションを行ったため、派生研究のシーズが生まれた」との回答が得られている。

  平成17年度上期から過去10回の公募を行い、様々な領域にわたる70件以上のテーマを採択している。平成22年度も公募を行う予定であり、スケジュールは図2の通り。

  これまでにナノテクチャレンジからは多くの成果が生まれているが、本号ではその中から特にエレクトロニクス分野への波及効果が期待されるテーマについて、その概要と成果を紹介する。
 
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【高性能AD圧電膜とナノチューブラバーを用いたレーザTV用高安定光スキャナーの基盤技術開発】
・事業年度:平成20年度〜平成22年度
・実施機関:(独)産業技術総合研究所/NECトーキン(株)/マイクロプレシジョン(株)/(株)ファインラバー研究所
・ステージ:T

  映像表示装置は現在の情報世界では欠かせない表現媒体であり、低炭素世界に対応するべく省電力の映像表示装置が開発されている。このテーマでは、代表的な有機EL方式に比べてさらに低消費電力化が期待できるレーザーTVの開発を目指している。レーザーを使った映像表示装置としてRGBのレーザー光源を使ったレーザーTV等が米国ベンチャーから発表されるなど、開発が活発化してきている。レーザー光源を用いることで、LEDテレビに比較し、大幅な低消費電力化が見込めるなどの特徴があり、新たなディスプレイ市場を開拓できる可能性がある。一方、従来の試作ではレーザーの走査ミラーの信頼性や耐久性が問題視されるなど光走査素子には、まだ多くの改善の必要性がある。

  本技術開発では高性能AD圧電膜を用いた高速光スキャナーとナノチューブラバーを用いた低速光スキャナーを組み合わせ、ハイビジョンレベルのTV画像形成に必要な光走査精度、耐久性、温度安定性などを達成できる光ビーム走査エンジンの実現を目指している。さらにレーザー光を励起光とする新規な蛍光体が高精度に埋め込まれたスクリーンを開発することで、従来の液晶テレビを遥かにしのぐ、色再現性の実現を目指している(図3) 。

  具体的には、AD(Aerosol Deposition)圧電膜のナノ結晶組織構造を制御することにより、ラム波共鳴型圧電駆動型高速光走査素子を新規に設計し、駆動電圧20Vで光走査角度100度以上と、従来の圧電駆動型光走査素子に比べて、5〜10倍以上の大きな走査角度を実現した(図4)。

 また、同一の光走査角度を得るために必要な駆動電圧は5〜10分の1程度に低減でき、消費電力は60mW以下となり、低駆動電圧、低消費電力が求められるモバイル用途などに適するデバイス応用への道が開けた。耐久試験は3万時間を超えTVに必要な耐久寿命にメドをつけた。

  さらに、ポリマーベース低速光走査素子で光学スキャン角60度以上の広角駆動を10V以下の低駆動電圧で実現している。また、長期エージング試験(信頼性試験)を開始し、現在までに9万時間個相当の長期エージング試験をクリアしている。

  本開発では、(独)産業技術総合研究所がAD法によるラム波共鳴型圧電駆動型高速光走査素子、NECトーキン(株)がAD法を用いた非鉛圧電膜の開発、マイクロプレシジョン(株)は低駆動電圧、広角駆動の低速光走査素子、さらに、(株)ファインラバー研究所はレーザーTV用スクリーンの蛍光体開発と試作を担当している。なお、本試作のレーザーTVは、4月21日〜23日まで、パシフィコ横浜で開催されている「レーザーEXPO2010」に出展、レーザーディスプレイゾーンでデモを行う。

  将来的には、デジタル・サイネージ市場(年間数十万台)、TV市場(年間数千万台以上)に製品を出荷している企業などと共同で、TV応用だけでなく映像表示装置、例えばヘッドマウントディスプレイ、ヘッドアップディスプレイ分野などへの技術展開を検討している。

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【ナノホール/ダイポールアンテナを用いた赤外線放射および受信素子の研究開発】
・事業年度:平成21〜24年度
・実施機関:(独)物質・材料研究機構/大阪大学/ 豊田合成(株)/(株)豊田中央研究所 
・ステージ:T

  自動車産業が世界の中核となる巨大市場を形成する一方、交通事故に対する安全・安心な自動車の開発の重要性が高まってきている。近年、シートベルト、エアバッグなどの車両衝突時の搭乗者を保護するための安全機能は大きく進歩しているが、歩行者に対する安全機能は十分ではない。今後、車両・歩行者を事前に検知し事故を未然に防ぐ、すなわち「ぶつからない車」を目指すアクティブ・セーフティ技術の開発が急務となっている。その要素技術として近距離センシング素子の開発は最重要課題である。赤外線素子は、現在実用化されているミリ波レーダやテラヘルツレーダに比べて更なる小型化・低コスト化、高解像度化が可能なため、レーザーレーダやナイトビューシステムの普及率向上に有望である。このため、ナノテク技術を駆使することにより初めて可能となるナノホール/ダイポール・アンテナの新原理による超小型・低コスト・広帯域の赤外線放射・受信素子の開発を行う。

  本研究開発では、ナノホール・アンテナを用いた赤外線放射素子の開発と、ダイポール・アンテナを用いた赤外線受信素子の開発を行う(図5)。

  具体的には、nm膜厚の金属と誘電体複合積層構造にナノホール配列構造を形成し、このホールに充填された液晶の屈折率を磁場で変化させることにより分散特性を制御し、赤外線を高速に広角度に走査させる。これにより、100m前方の30cmの物体を識別できる。また、nmオーダの金属成膜技術と加工技術によりダイポール・アンテナを形成するとともに、検波にトンネル・ダイオードを採用することにより、高速・高感度な受信を可能にする。これにより、選択された波長を室温環境で高感度に検知することが可能である。以上により、従来よりも小型・低コスト、高解像度なセンシング素子の完成を目標としている。

  本研究開発では、(独)物質・材料研究機構がナノホールの加工技術と薄膜形成技術、大阪大学がメタマテリアル設計技術、ナノホールへの液晶充填技術、赤外線評価技術、(株)豊田中央研究所と豊田合成(株)が共同で放射素子および受信素子の設計製作および評価技術、さらにナノインプリントによる量産化技術の開発を担当する。本ビーム走査素子および受信素子により実現された超小型レーザーレーダ素子は、自動車産業だけでなく、夜間歩行者検知システムや自動運転ロボットなど、高性能なセンシングが必要不可欠な産業分野への応用展開が可能である。

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【超高性能ポリマーエレクトレットを用いた振動型発電システムの開発】
・事業年度:平成21〜22年度
・実施機関:オムロン(株)/旭硝子(株)
・ステージ:U

  車のタイヤ空気圧を監視するTPMS(タイヤ・プレッシャー・モニタリング・システム)をはじめとする自動車用センサーなどで、ボタン電池代替電源としての環境発電への関心が高まっている。このテーマでは環境に広く存在する数十ヘルツ程度の低周波数の微振動を効率良く電気エネルギーに変換する小型発電システムを開発、ケーブルレス・メンテナンスフリーな電源の実現を目指している。

  振動型発電システムを開発するためには、従来の電磁誘導では振動周波数が低いため発電方法として不適であり、また圧電素子を利用する方法は耐久性や鉛を含有することが問題である。そこで、環境に広く存在する低周波振動エネルギーを効率良く電気エネルギーに変換する方法として、エレクトレットを利用する方法を採用した。エレクトレットとは絶縁体に半永久的に電荷を固定し、静電場を発生するもので、1924年に江口元太郎が初めて製作方法を確立し、現在では集塵フィルター、マイクロホン、静電場スイッチなどに応用されている。

  エレクトレットを利用した発電原理を図6に示す。エレクトレット電極にメタル電極を対向させると電荷が誘導され、振動によってメタル電極がスライドすると静電容量が変化し、その変化分の電気を取り出すことで振動エネルギーを電気エネルギーに変換する。エレクトレット材料内部にナノクラスタを形成することにより、表面電荷保持量を大きくすること、メタル電極部が大振幅振動できる耐久性の高い構造を実現することが変換効率向上のポイントである。

  これまでに従来の約4倍の電荷量を保持できるポリマーエレクトレットを実現し、MEMS技術と精密機械技術を応用して振動周波数30ヘルツ、加速度0.15gの条件下で発電量40μW(従来比3倍)、20×20×t4mmサイズ、質量4g以下の小型振動発電デバイスを実現した(図7)。

  材料メーカーの旭硝子(株)がアモルファスフッ素樹脂サイトップTM(CTマイナスEGG)の膜内部にナノクラスタを形成する方法で、電荷保持性能と熱的安定性の高いポリマーエレクトレット材料の開発を担当し、精密電子機器メーカーのオムロン(株)が東京大学と共同でMEMS技術、精密機械技術を応用した、マイクロ樹脂バネ作製技術、静電浮上技術、小型発電機開発を担当している。

  なおテーマ終了後は、オムロン(株)が事業化を推進し自動車用TPMSを中心に小型電池代替市場へ参入し、平成27年度に売上高20億円を目指す。また小型電池代替分野だけでなくFA用途や構造ヘルスモニタリングなどの、センサー分野への波及効果も期待される。


<安井あい、半沢弘毅:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテクノロジー・材料技術開発部>