NEDO特別寄稿(第9回)

戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト

≪はじめに≫

 本稿では、現在NEDOが推進している「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト」(以下「本プロジェクト」)の詳細を紹介する。

  我が国では、自動車や電機・電子産業を中心とする各産業分野の成長、人手不足等を背景に、特に1980年代以降、産業用ロボットの本格的な導入が進んだ。

  現在、我が国は、国際的にもトップレベルのロボット技術を有し、全世界の産業用ロボットのうち、約4割が日本で稼働しているなど、自他ともに認める「ロボット大国」といえる。

  加えて、2005年の愛知万博等を契機とするロボットブームによって、ロボットに対する関心が高まっているとともに、画像処理や測距センサー、力センサー等のセンシング技術の高度化、バッテリの性能向上などをはじめとして、ロボットに必要な要素技術が著しく発展している。

  他方、我が国は、少子高齢化・労働力の減少、アジア諸国の台頭を背景とした国際競争の激化、地震など大規模災害に対する不安といった社会的課題を抱えている。

  このような中、製造現場を含めた様々な分野における諸課題を、ロボット技術を活用することにより解決することが期待されている。

  本プロジェクトは、将来の市場ニーズおよび社会的ニーズから導かれた「ミッション」を、必要とされるロボットシステムおよび要素技術を開発・活用することで達成(=アウトプット)し、当該ニーズを満たす一助となる(=アウトカム)ことを目的としたものである。

  また、我が国経済の成長の源泉であるイノベーションの推進を通じて、先端的なロボットシステムおよび要素技術を開発することによって、我が国ロボット産業の国際競争力を強化・維持するとともに、開発成果がロボット以外の製品分野(自動車・情報家電等)にも広く波及することを期待している。

 画像3

【図1】7つのミッション

≪ミッションとは≫

 「ミッション」を設定する分野は、経済産業省で策定された「ロボット技術戦略マップ」(第8回掲載のマップを参照)を踏まえて、将来の市場ニーズおよび社会的ニーズが高いと考えられる「製造(次世代産業用ロボット)分野」、「サービス分野」および「特殊環境下での作業分野」の3分野とした。

  取り組むべき具体的な体系図は、図1のとおりである。

  「ミッション」とは、上記3分野において、本プロジェクト終了時点(平成22年度末)に達成されるべき作業内容となっている。したがって、「ロボットシステムまたは要素技術の開発」自体が本プロジェクトの目標ではなく、これらのシステムまたは技術を用いて、あらかじめ設定された作業内容を実行すること、すなわち「ミッション」を達成することが、本プロジェクトの目標となっている。

  ただし、当然ながら、「ミッションの達成」自体はアウトプットに過ぎないので、開発されたロボットシステムまたは要素技術が発展し、将来的に、市場ニーズまたは社会的ニーズが満たされることが、本プロジェクトを実施する真の意義・期待される効果(アウトカム)と考えている。

  したがって、研究開発主体は、開発されたロボットシステムまたは要素技術が、プロジェクト終了後に各分野の実現場でどのように導入されるのか(=事業化のシナリオ)を明確に意識することを求めている。

≪ステージゲート方式による絞り込み≫

 本プロジェクトは、研究実施主体が競争的に研究開発を行うことによりイノベーションを加速させることを目的として、「ステージゲート制度」を導入した。

  実施期間を前半3年間の「ステージT」(平成18〜20年度)と後半2年間の「ステージU」(平成21〜22年度)に分け、「ステージT」の最終段階(平成20年度)に絞り込み評価を実施した。

  絞り込み評価では、研究開発目標に対する「達成度」、「再現性・安定性」、「ミッション達成の所要時間」等を踏まえて、定性的・定量的に評価を行った。

  「ステージU」(平成21年度以降)では、絞り込み評価で高く評価された研究開発に絞り、これらを継続して重点的に行っている。絞り込みに当たっては、原則、ミッションごとに1グループに絞ることとして、18グループから7グループに絞り込みを行っている。ただし、高齢者対応コミュニケーションRTシステムに関しては、絞り込み評価で達成度の評価から、通過者がなく、平成20年度に実施内容の見直しを行い、新たに再公募を行った。

  ステージUに移行するに当たり、研究開発の進捗状況を踏まえて、必要に応じてミッションおよび実施体制の見直しを行った。また、本プロジェクト終了後には、事後評価を実施し、最終的なミッションの達成度を定性的・定量的に評価する予定である。

■研究内容

1.製造(次世代産業用ロボット)分野
(1)柔軟物も取り扱える生産用ロボットシステム(写真1)

 自動車や家電等の組立工程において、変形しない部品の自動化はすでに実現しているが、柔軟物(コネクタ付きケーブル等)のハンドリング、組み付け作業は今でも自動化が困難で人手に頼っているのが現状である。また、同時に実行されることの多いコネクタの接続は多様な形状であり、掴み方、組み立て方が多様のため、これも自動化が困難な業務である。

  本研究開発ではコネクタ付きケーブル等の柔軟物を対象とする組み付け作業をほぼ全自動で実現するロボットシステムを開発している。

画像1

【写真1】柔軟物を扱える生産用ロボットシステム

(2)人間・ロボット協調型セル生産組立システム(写真2)
 近年の製造業には多品種少量生産が求められており、従来のライン型組立システムに代わってセル型の組立システムが普及してきている。

 ライン生産では自動機械が組立作業、人間作業者が各種段取り作業を行っていたのに対し、セル生産では機械は極力用いず、組立および各種段取り作業を人間作業者が行っている。人間を多用することで初期コストが低く済む利点があるが、一方で熟練作業者を育成するのに時間がかかり、品質管理が難しいといった欠点も持っている。本ミッションでは、セル生産で作業者とロボットとの協働を目標として、現状より高生産性で使いやすいセル生産システムを開発している。

  画像2

【写真2】人間・ロボット協調型セル生産組立システム

2.サービス分野
(1)片付け作業用マニピュレーションRTシステム(写真3)

 高齢化社会、労働力不足に対応するため、社会の効率化と、人間の創造力を発揮することを支援するRT(ロボット技術)環境を提供することが現在求められている。

  日常作業において、バックヤードにおける収納作業に着目して、これまでは人手により対応している「整理整頓・分類整列」を実現するRTシステムを開発している。具体的には、洗濯物の取り出し、分類、洗濯機への投入、乾燥した洗濯物の折りたたみ・梱包・収納など、乱雑に置かれた不定形のものを整理整頓・収納するという単純労働を代替するRTシステムを開発している。

 画像

【写真3】片付け作業用マニピュレーションロボット技術システム

(2)高齢者対応コミュニケーションRTシステム(写真4)
 2005年4月に経済財政諮問会議の専門調査会が取りまとめた「日本21世紀ビジョン」において、「健康長寿80歳」を実現し、主体的に生きるための自立環境を構築することが求められている。

  単身もしくは夫婦で自立した生活を送っている高齢者は、掃除・洗濯・料理などの家事程度はこなすことができたとしても、インターネット等の手の込んだ情報収集をすることが困難であったり、あるいは遠く離れた家族が高齢者の生活状況等を把握したいとの要望があったりする。このため、RTシステムを活用したコミュニケーションツールにより、日常的な会話を提供しながら、高齢者の自立的な生活を支援する機能の開発を行っている。

  これらを実現するため、人と機器の間をとりなすインターフェイスとして機能するRTシステムとして、コミュニケーション技術およびヒューマンロボットインタラクション技術を開発している。

 高齢者対応コミュニケーションロボット技術システム

【写真4】高齢者対応コミュニケーションロボット技術システム

(3)ロボット搬送システム(写真5)
 オフィスや施設等の人との共存環境下において、ロボットが自己位置を認識し、人や障害物を回避しながら自律的に、かつ、安全に移動できることは、サービスロボットにとって非常に重要で、誘導や搬送作業等の多くのサービスで必要とされる要素機能である。

  搬送作業として、例えば、ゴミ箱運搬作業、病院での検体・薬品等の搬送、空港でのポーター、工場内での危険物搬送等に多大な労力を要するため、今後ロボット化が期待されている。

 画像

【写真5】ロボット搬送システム

3.特殊環境下での作業分野
(1)被災建造物内移動RTシステム(写真6)

 自然災害や人為災害における人命救助において、被災した建物内(地下鉄、地下街、高層ビルなど)はきわめて危険性が高く、RTのニーズが最も高い空間となっている。初動時における迅速な情報収集は、救助や緊急医療と並んで最も重要なプロセスであり、高速かつ分散的な情報収集による高効率化と高精度化が、その後の被害軽減活動全体の成否を左右する。危険空間で人間が情報収集を行うことは2次災害が発生する確率を増大させるため、複数ロボットが建物内を高速に走破できる機能の開発は、そのために必要不可欠なものである。

  複数ロボットの高速走破の実現のために必要な技術は、高速移動メカニズムの開発のみならず、移動体の半自律性、オペレータの遠隔操作のための環境認知と移動行動司令、建物内での通信と位置計測、GIS(Geographic Information System)への情報マッピング、一時的な環境構造化、分散協調など、多岐にわたっている。これらは、特殊環境ロボットだけでなく、ありとあらゆるRTシステムのために重要な基盤技術となるので、その波及効果はきわめて大きいものとなる。
 画像

【写真6】被災建造物内移動ロボット技術システム

(2)建設系産業廃棄物処理RTシステム(写真7)
 建設廃棄物を解体・処理する際に、材質(素材)別に資源として再利用可能な物と、焼却可能な物、最終処分場へ埋める物に分類する作業を伴う。建設現場において現在この分類作業は、油圧ショベルを主とした破砕機による解体と、人力による建設現場内での粗選別を経て、中間処理施設等で精選別を行うのが一般的である。建設現場内および中間処理施設で選別する際の問題点として、様々な気象条件(夏期の高温多湿、冬期の低温下、降雨、降雪など)や粉塵が伴う劣悪な環境化で作業を行っていることが挙げられる。また、近年建物の解体時において、建材中に混入された石綿による作業員の健康に対する影響や外部への飛散が問題視されている。そのため、現在人間が「手選別」で実施している作業において、作業環境と安全性に問題のある工程の自動化が望まれている。

  一方、既に最終処分場に搬入されている廃棄物についても、廃棄物最終処分場の残余量は減少の一途をたどっていることから、再資源化可能な物を完全に選別して処分場へ持ち込まないことが求められている。

  建設現場から排出される廃棄物を0とすることを目指して、本ミッションでは、(1)建物解体現場(2)中間処理場(3)最終処分場での適用のうち、(1)建物解体現場に焦点を当てて、ロボット技術による解体・選別作業効率、建物解体中におけるオペレータ・作業員の安全性確保、周辺の住民の安全性などの向上実現のため開発を行っている。

  画像

【写真7】建設系産業廃棄物処理ロボット技術システム

おわりに
 本稿では、戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクトを紹介した。各ミッションのロボットは、来年度のプロジェクト終了後、3年以内に実用化することを目指して研究開発を進めている。ぜひご期待下さい。


<有木孝夫、九津見啓之:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 機械システム技術開発部>