希土類磁石の最新技術動向

土井祐仁:信越化学工業(株)磁性材料研究所


◆はじめに
 希土類焼結磁石は、磁石の性能指標である最大エネルギー積(kJ/G)でフェライト磁石の10倍以上の性能を持つ強力な磁石である。その特性を利用して希土類磁石はこれまでハードディスク用ヘッド駆動装置(VCM)やCD用レンズ駆動装置などに採用され、情報産業用素材として順調に市場成長を続けてきた。一方、環境問題への対応が地球規模で求められる中、電気自動車の開発、家電や各種産業機器における省エネ化、コージェネレーションシステム、風力発電などさまざまな分野で希土類磁石が使用される場面が増えてきた。
 例えばエアコンではNd系焼結磁石を組み込んだエネルギー効率の高いコンプレッサーモーターの利用が広がっており自動車でもエネルギー効率の向上を目的としたハイブリッドシステムにNd系焼結磁石が使用されている。これに呼応して磁石に求められる特性も拡大、変化してきており、磁石メーカーには種々の要因に対して十分に対応できる品揃えと、新規技術開発の能力が求められている。
 信越化学では原料から一貫した希土類焼結磁石の生産を行っており、全工程にわたった研究開発を行うことで顧客の要望する磁気特性を満足する希土類焼結磁石を提供してきた。本稿では、拡大しつつあるモーター分野の市場をにらんだ希土類焼結磁石の開発状況について紹介する。



◆Nd系焼結磁石の開発
 希土類焼結磁石がその応用分野を急速に広げた理由は高い磁気特性にあり、特にNd系焼結磁石は登場以降も技術開発が進んで特性は年々向上してきている。現在では図1に示すように、残留磁束密度1.4T以上で1.1MA/m(14kOe)以上の保磁力を有する製品も量産化している。
 Nd系磁石の高特性化技術はNd 2Fe 1 4B主相比の向上,配向度の改善の2つを開発の中心的指針として進められている。前者はNdやBの濃度をNd 2Fe 1 4B相組成に近づけること、酸素含有量をできるだけ抑えることが課題となる。
 信越化学は希土類リッチ相の酸化を抑制する「二合金法」を開発し、他社に先駆けて高特性磁石の工業化を行ってきた。後者の配向度については、合金の溶解鋳造工程段階から粒子の生成を制御、さらに配向磁場の均一度や強度、微紛の粒度と分布のコントロールなどによって改良が進められている。
 また、今後発展が期待される産業用モーターにおいては周囲環境やジュール熱による温度上昇が避けらないため、Nd元素をDyで置換して室温の保磁力を大きくする必要がある。ここでの最も大きな問題は、Dy元素が資源的に希少なために高コストとなることである。二合金法では、結晶粒近傍のDy濃度を濃くし同一Dy量でも得られる保磁力を大きくしている。
 図1に高保磁力タイプのN42SH、N39UH、N36Z、N32EZ磁石を含めNd系磁石のグレードごとの特性範囲を示す。この図に示したものは、成形時に印加する磁界の方向とプレス方向が垂直になる直角磁場プレスタイプのもので、N52シリーズを含め量産レベルで最高の磁気特性を有する。図2にはN39UHとN32EZの減磁曲線の温度変化を示した。150℃以上の高温下での使用も考慮した高特性グレードである。
 Nd系焼結磁石は耐食性が悪く開発初期には大きな問題であったが、その後電気Niメッキ法やAlイオンプレーティング、樹脂塗装などの表面処理技術が開発された。
 特に電気Niメッキ法は、その良好な耐食性、硬度、表面清浄性などから、現在もVCM用磁石を含め標準的な表面処理法となっている。モーター応用関連の表面処理方法としては、エアコンなどコンプレッサーモーター向け表面処理技術としてRXコートを開発、冷媒と冷凍機油の混合液中100〜150度C、10〜20kg/C の高温高圧下でのNd系磁石の長期耐久性を実現した。現在エアコンメーカー各社で採用されつつある。また、最近注目を浴びている電気自動車でも、高耐熱性・高耐食性用の新しい無機系塗装法を開発した。この無機系塗装法は環境面も考慮したCr、Pbを含まない塗装法であり、今後大量の利用が予想される自動車向け磁石の塗装法として最適と考えている。表1に各種表面処理方法とその特徴および主用途を示す。

  図1
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  図2
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  表1
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Nd系焼結磁石のラインアップ
高保磁力Nd系磁石減磁曲線の温度変化
Nd系磁石の表面処理方法


◆Sm系焼結磁石の開発
 Sm系磁石は室温での磁気特性ではNd系磁石に劣るものの、200℃以上の高温ではNd系磁石をBr、iHcともに逆転する良好な温度特性を持つことや優れた耐食性を持つ点から、自動車のエンジン周りや小型ガスタービン発電機など高温下での希土類磁石の応用になくてはならない存在である。
 最近では、Nd系磁石の開発で得られたノウハウをSm系磁石にも適用することで、Sm系磁石の磁気特性を大幅に向上させることに成功、量産品として最高特性を示すR33Hをはじめ、多くの製品群を供給されている。図3にSm系焼結磁石のラインアップを、図4にR33HおよびR26HSの減磁曲線の温度変化を示す。250℃を超える温度での希土類磁石の利用にも応えられるグレードである。

図3
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  図4
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Sm系焼結磁石のラインアップ
Sm系磁石減磁曲線の温度変化


◆永久磁石モーターの設計技術支援
 永久磁石モーター、とくにSPMモーターでは高精度制御・低騒音のためにコギングトルクを小さくすることが要求されており、これに対する磁石形状の最適化検討が必要となる。コギングトルクを減らすためには、空隙の磁束密度変化を滑らかにする、スキューによってコギングトルクを相殺する、などの手段がある。本稿では磁界解析で、C型の偏心磁石により空隙の磁束密度の変化を滑らかにし、さらに段積みスキューで擬似的なスキューを行うことを提案した。図5には8極モーターの2段積みスキューの例と磁界解析により得られたスキューの有無および偏心量によるコギングトルクの変化を示す。スキューがコギングトルク低減に対して効果のあること、最適な偏心量のあることがわかる。さらに空隙の磁束変化磁化については、磁石成形時の配向が大きく影響を与えることが分かっており、磁界解析技術を磁石の製造プロセスに適用、成形時のプロセスを最適化して配向をコントロールすることも行っている。
 また、モーターに使用される永久磁石は駆動のために交番磁界を受ける。Nd系磁石の比抵抗は1.4×10- 6 Ω・mであり、磁石自体に流れる渦電流が無視できない。渦電流の軽減には、積層珪素鋼板に見られるように分割し絶縁することが有効である。図6に周波数2kHz、変動幅±12258A/mの交番磁界中に置かれたNd系磁石の渦電流損失を示す。分割による渦電流の流れの変化を解析し、分割数と渦電流損失の関係について調べたもの。分割数の2乗に反比例する形で渦電流損失が低減されていることがわかる。単に磁石素材の開発のみではなく、磁石形状や分割数の最適化を提案することによって、永久磁石モーターなど希土類磁石応用製品の開発支援を行っている。

図5
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  図6
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磁石形状とコギングトルク
磁石の分割数と過電流損失


◆まとめ
 今後発展すると期待される希土類磁石のモーター応用では、単に磁石特性だけではなく、その他の物性値や耐食性、回路設計技術などトータルのパフォーマンスとそれに伴うソリューションの質が求められている。希土類磁石メーカーとして与えられた技術課題を解決、克服することにより、希土類磁石応用製品の発展に貢献していきたい。






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