ハイブリッド高周波積層インダクターの技術

遠藤敏一:TDK(株)HMS研究所商品開発課


◆はじめに
近年、電子機器のさらなる高周波化、高クロック周波数化に伴い、インダクターに対してもGヘルツ帯における、より一層高いQ値の要求が高まっている。周波数が高くなればなるほど信号ラインの伝送損失は大きくなってしまい、各素子の損失がセットの特性に大きな影響を与えるためである。特に、携帯電話、無線LAN、Blue toothなどの無線通信機器においては、アンテナ周辺部やSAWフィルターのマッチング回路や、パワーアンプ周辺のマッチング素子、VOCの共振回路などでQの高いインダクターが要求される。これらはすべて、無線通信のキーパーツであり、無線機器には必要不可欠なものとなっている。

これらの特性を左右するのは、インダクターのQ特性であるといっても過言ではない。また、インダクターのQが高ければ、設計の余裕度も高まってくる。使用周波数帯としては、0.8-2.4Gヘルツであり、当然、インダクターのQもその周波数が高い必要がある。また、今後、5Gヘルツ帯やそれ以上の高周波化も進むと考えられており、ますます高周波化への要求は高まっていくと考えられる。  

また、高周波化と同時に、セットの高機能化も急速に進んでおり、そのため無線部のパーツの小型化要求もますます高まっている。インダクターのQ特性は、形状に依存するところが大きいため、従来の技術では、小型でQの高いインダクターを得ることは非常に難しかった。そのため、形状の小型化を優先させた場合は特性を犠牲にせざるを得なくなり、セットとしては非常にシビアな設計が要求されていた。

これらの課題を解決すべく開発されたのが、これから紹介するハイブリッド高周波積層インダクターである。当製品は、TDK独自の「ハイブリッド材料」と「ハイブリッド積層技術」を駆使することによって成し得たものであり、従来のセラミックタイプの積層チップインダクターでは、約30程度が限界であった1Gヘルツ帯におけるQ値を大幅に高Q化【Q=60at1Gヘルツ(2.2nH)】(当社比100%増)すると同時に、低抵抗化【Rdc=15mΩ(2.2nH)】(当社比80%減)を実現した。また、チップ形状も、1.0×0.5×0.5mmと小型、軽量、面実装を可能としている。ここでは、そのハイブリッド高周波積層インダクターの概要について説明する。
写真
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ハイブリッド高周波積層インダクター



◆ハイブリッド積層技術について
ハイブリッド高周波積層インダクターの製品概要を説明する前に、これを実現することを可能にした「ハイブリッド積層技術」について簡単に説明したい。「ハイブリッド積層技術」とは、無機材料と有機材料を混成・ハイブリッド化した材料(ハイブリッド材料)を加熱加圧プレス積層することにより、キャパシター、インダクター、共振器など受動素子ネットワークを、焼成することなく一体モジュール化することができ、加えて、導体に無垢の銅を使用することができるので、電気的特性を圧倒的に向上することができ、軽量化も可能とするものである。

従来のセラミック積層技術と比較して、ハイブリッド積層技術にすることによって得られるメリットは以下の通りである。

(1)導体損失の低減…従来のセラミック積層の場合、焼結内部導体となるのに対し、焼成過程がないハイブリッド積層の場合、内部導体が金属銅そのものであるため、導体ロスが格段に改善される。これによって、電気特性を飛躍的に向上させることができる。

(2)寸法精度の向上…焼成工程のないハイブリッド積層技術を用いれば、従来のセラミック積層での収縮や変形などの形状変化がないので寸法精度を大幅に向上できる。

(3)導体構成精度の向上…エッチングによる回路形成のため、より高度な回路パターンを描くことが可能である。

(4)軽量化…セラミックと比較しハイブリッド材料なので、重量を大幅に軽減できる。

(5)高周波化対応が容易…有機材料の使用により、セラミックでは不可能であった低誘電率の基板を作成可能となり、今後さらに進むと予想される高周波化にも対応が可能となる。

(6)複雑な形状に対応可能…焼成工程がないので、HighQ基板、高誘電率基板、低誘電率基板、磁性基板を自由に積層することができる。受動部品としての複数機能を1つの素子に凝縮することで、素子の高密度内蔵化を実現できる。



◆製品概要
ハイブリッド高周波積層インダクターの外観を写真に、また、外形寸法を図1に示す。

サイズは、1005タイプ(1.0×0.5×0.5mm)であり、小型、軽量、面実装を可能としている。

また、図2に当製品の層構成図を、図3には、当製品(2.2nH品)のfマイナスQ特性を示す。

この製品の大きな特徴は,高周波のQ特性が非常に高いということである。図3に示すように、1GヘルツのQ値は従来のセラミックチップインダクターの約2倍を確保している。これは、前述のハイブリッド積層技術の説明でも示したとおり、内部導体を従来セラミックの焼結内部導体に対し、金属銅そのものにしたことによって、格段にRdcと高周波抵抗を下げたことによるものである。

セラミックの場合は、銀のパウダーにレジン溶剤でペースト状にして印刷し、それを積層した後に焼成する。そうすると、バインダー(有機材料)が飛んだ後に導体内部に空孔が残る。これによって、内部抵抗が高くなってしまい、Q特性が劣化してしまう。また、空孔の残っていない部分にもグレンバンダリーの膜(粒界)ができてしまうため、表皮効果の表れるGヘルツ帯では特性劣化の原因となってしまう。

さらに、焼成によって、約20%も縮んでしまうので、それによる変形は免れられないし、導体を印刷によって構成するセラミック積層工法では、どうしても印刷にじみが発生してしまう。これらは、高周波特性に大きな影響を与えてしまい、これも高周波でのQ劣化の要因となる。

これに対し、ハイブリッド積層技術を用いれば、焼成をしないので、導体をペースト状にする必要がない。したがって、金属銅そのもの(銅箔もしくはメッキ銅など)を内部導体として使えるので、空孔はまったく発生しない。また、焼成しないため縮率はほとんどないので、導体の変形もまったくない。

さらに、パターン構成にはエッチング工法(サブトラクティブ法、アディティブ法など)を用いるため、パターンのにじみはまったく発生せず、切れの良い理想的な導体断面形状を得ることができる。

また、素体に用いる誘電体材料としては、SRC(自己共振周波数)を高めるために分布容量を小さくする必要があるので、誘電率をできるだけ小さくする必要がある。また、材料での損失を最小限に抑えるためには、tanδをできるだけ低くする必要がある。積層可能なセラミックでは、誘電率を十分下げ、なおかつtanδの十分低い材料を得ることは現状難しい。

これに対し、ハイブリッド材料を用いた本製品では、誘電率を3以下とし、tanδにおいても0.004以下を実現している。これは、誘電率の低い有機材料とtanδの低い無機材料をハイブリッド化したことによって成し得たものである。

これらによって、図3に示すHighQ特性を得ることができている。
図1
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図2
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図3
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外観・構造および寸法
層構成図
f-Q特性



◆まとめ
当製品は主にGヘルツ帯の小型携帯端末用途に開発したものであるが、今後、無線通信技術はますます発展していき、ミリ波帯への応用なども考えられている。これに対し、弊社のもつハイブリッド材料技術、高周波技術を駆使することで、業界に貢献していくことを約束したい。



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